眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

ようやく2022年が始まったような気分

2022年が始まって10日経ってしまった。何も出来なかった。何かをする気力が湧かなかった。仕事は勿論惰性である。惰性でするような仕事に意味があるかどうか、少しだけ考え込みたくなるけれど、どうせ明るい結論に辿り着かないだろうから、今日は考えない。

 

 

文章が書けなかった。文章を書く以前に、まともに物事を考えることができなかった。異常な眠たさと倦怠に支配されて、何も出来ないままに終わってしまう一日が何回も繰り返された。軽いうつ状態だったのかもしれない。

 

 

極める寒さが影響しているのか、それとも2022年というものに心身が追いついていないのか。兎角、一日を終えるだけでいっぱいいっぱいだった。このままこの状態がずっと続いて、2022年が終わってしまうのかもな、という不安はあった。別にそうなったとしても、いいような気がしていた。

 

 

新年明け初めての3連休。寝て、ライブ。寝て、ライブ。寝て、ライブの日々。身体が本調子ではないので、いつもとは異なる響き方をしていた。それでもライブに通えたのは、そこに私が求めている刺激があると信じていたから。

 

 

カネコアヤノのライブを今日観た。やっと観れた。想像していたのを軽く乗り越えて、ただそこには痛みを伴う「歌」が存在していた。音源でも十分に歌っているのだけれど、ライブでのカネコアヤノの、あまりにもキレッキレの歌に、ああ、こういう人の音楽に触れていたいから生きていたいと思えるんだよな、と思った。対バンライブなのに1時間近くもライブをしてくれて、そのあまりにも強い熱に魘されてしまいそうになった。初めてのライブがワンマンライブだったら、ライブが終わったら倒れていたかもしれない。それほどまでにステージ上で歌うカネコアヤノには力が漲っていて、その姿を観るために、何度も何度も彼女のライブに足を運ぶだろう。

 

 

3日連続のライブを経て、明日の仕事がまるで仕事始めのような気分でいる。カネコアヤノを聴きながら、明日がじりじりと近づいてきているのをのんびりと構えている。寝る前に昨日買った新書を読みたいのだが、今はなによりも今日のライブの余韻に浸っていたい。今日だけではない、土曜日と日曜日のライブのことものんびりと思い返したい。どのライブも本当に素敵なもので、あと数日はそれらのライブの余韻に浸っていられるだろう。仕事なんてしている場合ではない、きっと今はのんびりと今までの大切な出来事のことを思い返しているのが最高なんだろう。

 

 

仕事はもう始まる、それがあまりにもどうでもよく思えた、1月10日の月曜日。

 

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