眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

一人の気楽を確かめる/一人の孤独を噛み締める

普段の、二日しかないような休日であったら感じないような気楽さを感じている。後ろにはまだ四日間の休みが待ち受けているという安心が、私を優しく包み込んでくれる。それと同時に、一人でいることの孤独を改めて噛み締めている。それは悲壮に満ちたものではなく、一種の諦め、そして安堵に似たものである。

 

 

一人でいることが好きなのではなく、多分、分かり合えない他人と一緒にいることがたまらなく苦手なのだ。興味ないことに対して頷いたり、これを言ったら喜ぶであろうことを話す、そのちぐはぐ感、まるで他人の存在を輝かせるために生きているような、そんな息苦しさを感じる。それに比べて一人でいることはどこまでいっても気楽だし、とことん孤独である。孤独なことをネガティブに捉えることが少なくなったのは、残りの人生を逆算し始めているからだろうか。

 

 

30歳になった。30歳になってしまった。まだ何も成し遂げていないし、今後も何かを成し遂げられるような気配はない。別に何かを成し遂げるために生きているわけではないのだが、何も成し遂げないと、「なんで生きているんだろう」という虚無をたびたび感じる。そんなものは一瞬にして消え去り、目の前の享楽にうつつを抜かして日常を食い潰しているのが現実だ。

 

 

今年は何も変わらなかった。来年がどうなるのかは現時点では知らないし、どうでもいいとさえ思える。今日という日を楽しめなかった人間が、未来を明るいものにできるとは思えないから。