眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

毎日文章を書いていると書くことがなくなる、ように思われるけれど

そんなことはなくて、自分のなかにあるものを出せば出すほど、「まだこんなものがあるよ」と教えてくれて、それをまた出していくと、また新しいものが出てくる。自分のなかにどれほどのものが蓄積されているのか、正確に判断することは難しい。そもそも、今考えていることすらも今まで自分のなかにあったものから取り出しているのかすら分からない。一体これは何を書いているのか。私にも分からない。そういった文章を書いているときは、とりあえず書き続けることで、それっぽいことになっていく。今回はそれっぽい感じにはならなかったが、何度も繰り返すとそれっぽい感じになっていく。それっぽい感じとはなんなのか。それは私にも分からない。分からないことがたくさんあるから、日常は豊かさを増していくし、それを解明したくて生を延長させようとする。もし、この世の全てを把握してしまったら、これ以上生きようと思うだろうか。分からない。分からないことを無理に分かろうとしないで、そのままの状態で放置しておくと、いずれ分かる時が来る。分からない時もある。どうなるのかは私にも分からない。分からないから、今日も生きていくのだろう。