眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

日常に波がないと文章を書く気分にならない

仕事で耐えざるストレスに晒され続けると、ストレス発散を兼ねて狂ったように解読不能な文章をえんえんと書き続けられる。心の中でぐるぐると悩み続けていると悶々とするだけだが、文章というかたちで外部に出力するとスカッとするし、頭のなかのごみが霧散していく。

 

 

文章を書く上で、負でも正でもいいが、波のようにぐわんぐわんと心を揺り動かす事象が発生すると、それを文章にしておきたいという欲望が生まれ、その欲望通りにただただ文章を書くだけでそれっぽいかんじの文章になるのだが*1、波が存在しない、何も発生しない生活を送っていると文章を書きたいという欲望が発生しない。日常に疑問を感じていない、間違いだらけの日常に安穏と居座っている状況で、そんなときに何かを吐き出したという欲望は発生しない。そんなときは自発的に何かを取り込む、刺激的な音楽でもいい、土地の歴史を詳しく書いたエッセイでもいい、なんでもいいので他者が生み出したもの、または自然に触れていると何かしらの感情、波が発生するので、少しずつ文章を書きたいという衝動が生まれる。

 

 

今はどっちなのかよく分からない。文章を書かないとたぶん書けなくなってしまうので、習慣で毎日書いている。この行為に意味があるのかどうか分からないが、文章を書いているとたまにだけれどカタルシスを感じる瞬間があり、それを感じるために今は書いているような気がする。全ては曖昧なままで進んでいく。

*1:個人の感想です