眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2021年9月16日(木)

だからどうして、何も大したことをしていないのにこの体はこんなにも悲鳴を上げているのだろうか。

 

もう見ての通り立ってるだけでやっとで
思い通りにならない事ばかりで
ぼやけた視界に微かに見えるのは
取って付けたみたいなやっと見つけた居場所

クリープハイプ「百八円の恋」

 

クリープハイプのこの歌詞がふっと頭に過る。いや、立っていることすらもままならない、体は床と平行になりながら、きっと私は生きている「ふり」をしている。元気に生きている彼らがどこか遠い星の宇宙人のように思える。私が日々行っていることよりも圧倒的にカロリーの高いことを行っているのに、平然と生きてのける。時には笑顔を周囲に振り撒きながら、周りの人に優しさを送り込み、短い睡眠時間でもへっちゃらなその心身の事を思うと、体や心の造りが根本的に違うのだろう。どうして私の体と心はこんなにもすぐへたってしまうのだろうか。

 

 

昨日の夜はスマホの見過ぎで、もうこれ以上目を酷使できないというところまで来て、ラジオを聴いてまったりして、まったりしすぎて午前1時まで起きてしまった。そのせいで、きっと朝はすごく眠たくなった。いや、例え午後11時に寝たところで私は眠たさを抱えて起きたはずで、私の人生は眠たさを孕んで生きていくしかない。眠たさを抱えたままだと万全の状態よりも行動がワンテンポ遅れてしまい、そうすると精神的に躓くことが多い。「危ない」と思うことが多々あるが、危ない結果になることが今のところないのは、異様なまでのバランス感覚のおかげで、それに関しては自信を持ったほうがいいだろう。

 

 

眠気を抱えて朝ご飯を食べながら、もう9月も後半戦に入ったのだからクーラーは入れなくてもいいんじゃないか、暑いんだったら窓を開ければいいんじゃないかと思うけれど、どうしても外部に住む住人のことが気になる。私が住んでいるマンションの向かい側に他のマンションが建っており、そこの住人はちょっとだけ治安の悪い人間が多い。週に2回ほど、「盃だー!」と奇声を上げ、げらげら笑っている気配がこちら側まで漂ってくる。そっとカーテンを開けて向かい側を覗くと、5人ほどが肩を組み、にやにやしながら酒を飲み、意味のなさない言葉を連呼し、げらげら笑うのだ。窓を開けていると、そんな連中の空気が入ってきてしまいそうで、潔癖症の私は夜に窓を開けることができない。いつまで彼らはそこに住み続けるのか。他の住人は彼らに対して苦言を呈さないのか。それとも彼らはここの住人ではなく、通りすがりの酔っ払いなのだろうか。とにかく彼らが定期的に騒ぎ続ける限り、私は夜に窓を開けて外の空気を室内に取り込むことは出来ない。

 

 

ほぼ家にいることに対して「気が滅入る」だとか「精神が死ぬ」だとか、そんな苦言はもう呈さない。ただただこの家にずっといられるのならいたい。隣人の音はほぼ筒抜けで、満足のいく家ではないけれど、小言を言ってくるような他人はいない。そういえばここに越してきて1年と半年が経ったが、誰一人としてこの家に招いていないことに気が付き、ほっとしている。コロナが落ち着いても、べたべたするような人間関係は駆逐されればいいのに。コロナのおかげで、私が所属している部署では一度も飲み会は開かれていない。元々「飲みニケーション」なるくだらないものが好きな人はいない(と思う)、物静かな人が集まった部署なので、強い言葉で詰ってくるような人間もいない。このままずっと飲み会が開催されなければいい。美味しくもないご飯を好きでもないお酒で流し込んで、それで5,000円も払うなんて正気の沙汰ではない。もしコロナが落ち着いて飲み会が開催されたとしても、「いや、まだコロナが怖いんで...」という理由で飲み会への参加を断るだろう。元々飲み会のあの嫌らしい雰囲気が嫌いだったので、職場でも地元でもそれらが開催されなくなったのは胸のすく思いである。そろそろ旅行をしたい気分が強くなってきたのでコロナは落ち着いてほしいが、飲み会などといったくだらない因習は消え去ってしまえばいい。

 

 

昨日も書いたけれど、月の半ばはすることがないので、今日も暇を持て余していた。1時間だけ、他部署の人と会議をする時間があったが、主体的に話しているのはコピーロボットと他部署のお偉いさんだけだったので、私やそれ以外の人はスポーツ観戦をしてるときのように、盛り上がっているときは前のめりになり、それ以外はなりを潜めていた。生きている時間はそれくらいで、いやそれも生きている時間にカウントするのは忖度だろう。そんな感じで、急いでこなさなければいけない仕事はないので、来るべき忙しい時期に備えてせっせと地盤固めをしていた。今の部署に配属されて2度目の忙しい時期なので、どんな風に日々が過ぎていくのかはうっすら分かっているが、それがそろそろ来るとなるとちょっぴりうきうきしてくる。遅いときだと午後11時まで、みんなで残ってせっせと仕事をしていると、「日本社会...」と嬉しくなり、涎が零れてしまいそうになる。理不尽な残業ではない、例えば事前に知らされることなく、定時になって、「おい、これを今日中に終わらせてほしいんだけれど」みたいな野暮な真似をしてくる人はいないので、心に余裕を持って仕事に取り組める。忙しい時期の一番の利点は残業して次の月の給料がちょっぴりだけ上がることくらいで、でもちょっぴりの度合いは微か過ぎるものなので、嬉しいか、本当に嬉しいかと問われたら、「そうでもないかな...」と弱気になってしまう。

 

 

今の会社、給料は少ないほうなんじゃないか。かといって現状、お金に困っているわけではないし、心身を擦り減ってまで高い給料が欲しいというわけでもない。今の給料のままで理不尽な仕事を押し付けられるようになり、先輩や後輩の対応も頭をかしげる感じになったら本格的に転職を考えるかもしれないが、その頃には転職の時期は過ぎてしまっているかもしれないので、30歳になってしまう前に準備をしておいたほうがいいのかな、でもそれを考えることすら面倒だなと思ってしまうほど、私の精神はまだまだ死んでいて、でもこれがデフォルトになりつつあるので、別に困ることはない。毎日、うきうきした気持ちで生きなければならない道理はないし、死にたいほど辛い気持ちを抱えているわけではないので、時に任せるだけだ。

 

 

the pillows「RETURN TO THIRD MOVEMENT Vol.3 2021.07.16 at SHINKIBA STUDIO COAST」が届いた。

 

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朝飯:フルーツグラノーラ
昼飯:白米、肉野菜
晩飯:白米、肉野菜

 

歩数:7,608歩