眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

自分を分かってくれる存在

他人と孤独を分かち合う時間も、一人で愉悦を感じる時間も、等価値に素敵な時間で、どちらが優れているとかはない。それでも学校では、他人と仲良くすることが美徳とされ、一人で居続けることは寂しいことで、社会から外れることと教えられた。そういう考えが未だに抜けきっていないから、一人で居る時間にふっと寂しさがよぎるのかもしれない。孤独はきっと他人と一緒に居たとしても感じるもので、中途半端な関係性の人と一緒に居ると孤独の濃度は余計に濃くなってしまう。物語を読んでいると、「私のことを分かってくれる」存在が何の努力もなしに、まるで最初から用意されていたかのように自然に存在しているけれど、学校を出て会社で働くようになり、他者と関わる点が会社だけになってしまうと、「私のことを分かってくれる」存在なんて奇跡が起きない限り出現しない。もし何の努力もしないでそのような存在が現れたら、詐欺だと思ってかかった方がいい。それくらいに私が今いる世界では私のことを分かってくれる、気にかけてくれる存在はいなくて、私のことは私が分かってあげるしかない。異性との自然な出会いなんて、もう存在しないんだよ。