眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2021年9月12日(日)

予定がない日は何をしてもいいし、何もしなくてもいい。なんなら、予定がある日、その予定を破ったとしても他人に迷惑をかけないような予定だったら破ってしまい、ただただ「予定がない日」を楽しめばいい。最近の私は予定が詰め込まれ過ぎた日々を過ごしてて(過去の私をちょびっとだけ恨んだ)、同時に精神が死んでいたので、せっかく楽しい予定なのに全力で楽しめなかった。だから今日は予定が何もなくてよかった。そういう日に限って早い時間帯に目が覚める。

 

 

したいことはたくさんあるのだが、「今したいこと」が特になくて、サブスクで海外のミュージックを流していると萎んでいた気持ちが徐々に膨らんでいくのが分かる。Twenty One Pilotsの新作「Scaled and Icy (2021)」が頗る気持ちよく、何度聴いても飽きることがない。「Blurryface (2015)」が出た時に胸躍らせていたあの日々も今は昔、と形容しても差し支えないほどの過去になっているのがもどかしい。社会人になってからの1年が小学生の時分の1ヶ月にも満たない、とはとある哲学者の至言だが、私にはもっと短く感じられる。小学生の時は些細なことに対しても全力で向き合っていた。内向的な性格なので傍から見たら「のんびりしている子だ」という印象を受けたかもしれないが、心の中では日々、興奮が押し寄せていた。小学生の時に友達と呼べる存在が今までの人生の中で一番多かったのは幸せなことだ。社会人になり、新しい友達が出来辛くなり、また労働に倦んでくると、学生時代の友達と学生時代の事をやたら回顧して、「あの時は良かった」としきりに呟いている人がいる。それで幸せを感じられるのならそれでいいと思うが、今の人生に満足していないから過去のことをわざわざ引っ張り出して来て、それとなく満足しているのではないか。私は今の出来事で幸せを感じたい。過去の良かったことだけを思い出して、現実逃避なんてしたくない。

 

 

そこまで考えても時間がなかなか過ぎないのは嬉しい限りである。私の思考は浅い、浅すぎる、もっと深くまで思考を潜らせろ、と昔の上司の言葉を思い出すが、彼が伝えたかったことと、私が欲していたことはずれていて、それは彼が私の上司でいた間ずっとずれていた。そのずれに苛立ちを覚えてしまったのか、私の送別会はちんけな居酒屋で開かれ、飲み放題○○円のくだらないコースだった。出される料理はどれも干乾びたものばかりで、送別会の終盤に上司が私に放った一言は今でも忘れない。

 

 

昼になり、ご飯は炊飯器に残っていなかったので、ひさしぶりに痺れるラーメンを食べる。麺を啜ってすぐに、「白米が欲しい」となるのは分かっていたのに、このラーメンを昼飯に選んだ私のツメの甘さよ。ラーメンを食べ終えて、録画しておいたバラエティを3つほど見て、このままだと昨日に引き続きほぼひきこもり状態で一日が終わってしまうことを怖がり、外に出た。微妙な天気。たまには気持ちいいくらいの快晴を打ち出してほしい。

 

 

PayPayの街応援キャンペーンで新宿区が選ばれていたが、よくよく調べてみると中野区も選出されていて、中野区の方が還元率が高く(30%)、今日は中野区で買い物をすることにした。と言っても、私の買い物は食材か本で、自宅の最寄り駅以外で食材を買ってそれをわざわざ電車に乗ってまで自宅に持ち帰るのはだるいし、中野区のキャンペーンに該当するお店が飲食店ばかりだったので、辛うじて選出されていた中野のブックファーストを訪れた。ブックファーストと言えば新宿西口、コクーンタワーのあればかりに行っていて、それは本の多さもさることながら、JRの改札からそこそこ近いから、そしてポイントカードなるものが導入されているからであった。つい最近、ポイントカードで痛い目に遭ったので、早々に貯めてあるポイントを使いたいのだが、PayPayキャンペーンを使い果たしていないので、おそらく来月以降になるだろう。それまでに買いたい本が残っていれば、の話であるが。中野のブックファーストは家族連れが多く、1階しかないと思っていて、喫茶店が2階にあるということで2階に上がってみると、そこにもブックファーストの陣地で、つい小躍りしてしまいそうになった。私が今ハマりかけている社会学や哲学のコーナーもそこそこ充実しており、ここで気になっていた本を買ってしまおうと思っていたが、探せど探せどお目当ての本が見当たらなかった。

 

「にゃんにゃん。ねえ、にゃんにゃんどこー」

 

と愛くるしい音が響く。音のする方向に顔を向けると、年端の行かない少女が店内を全速力で駆け抜けていた。

 

「にゃんにゃん。ねえ、にゃんにゃんどこー」

 

と同じセリフを繰り返すことに気持ちよさを感じる年頃なのだろう。さて、にゃんにゃんとはなんなのか。彼女は猫と一緒に本屋さんに来たのだろうか。

 

「いたー。にゃんにゃんみーつけた!」

 

にゃんにゃんとは彼女の母親のことを意味していた。「どうしてにゃんにゃんなの?」と母親が少女に訊くも、

 

「にゃんにゃんはにゃんにゃんなのー」

 

とだけ言葉を残し、再び旅に出た。母親の背中にしがみついている少女もまた、お姉ちゃんの年頃になったら母親の事を猫と認識するのだろうか。その頃にはお姉ちゃんは母親を母親として認識して、「○○ちゃん、にゃんにゃんじゃないよ。お母さんだよ」とお姉ちゃんの顔をするのだろうか。私は彼女らの未来を見届けられないので少し寂しいが、ちょっとばかりの想像力を働かせただけでこんなにも気分が晴れやかになるので、子どもとは不思議な存在である。日常を生きていて年端のいかない子どもに遭遇することはあまりない、ましてや彼ら(彼女ら)とコミュニケーションを取ることはないので、子どもが自分の家族に属する人生はどれほどまでに私の生活に影響を与えてくれるのだろうかとまた想像を働かせ、そのような想像が現実のものになるかどうかは私の行動次第、でもこんな時に喫茶店で今までどんな行動をとってきたのか分からないような人間とお話しするなんてあまりにもリスクの高い行動なので、今年中は無理だろう。今のような暗澹たる状況が来年も続くようであれば、自分の家族、という概念を消滅させ、一人だけの世界でこんこんと生きていくような気がする。

 

 

2,000円を超えるような本で欲しいものはなかった、もしくは本の状態があまりよろしくなかった、例えば表紙がふやけていたり、ページにいちぶぶんに折り目がついていたり、そもそも置いていなかった。なので、ここぞとばかりに出たばかりの文庫本の新作を買って、まだ買い足りなかったので多和田葉子「飛魂」もついでに買った。買ってしまった。講談社文芸文庫ってなんでこんなに高いのだろうか。文庫本なのに、文庫本のくせに、1,760円もするだなんて、単行本よりもいい値段をしてるではないか。それほどまでに内容が濃いという自負があるのだろう。合計10冊の本を購入したが、30%還元のおかげで7,000円に収められた、のは私の勝ちなのか、それとも今すぐに必要ではない本を買ってしまった私の負けなのだろうか。そんなちっぽけなことはすぐに忘れてしまい、本がたくさん入ってずっしりした袋を片手に抱えていると、どうしても幸せな気持ちになれるのです。

 

 

<購入した本>

吉田修一「国宝(下)」
飛浩隆「零號琴(上・下)」
アンソニーホロヴィッツ「ヨルガオ殺人事件(上・下)」
武田砂鉄「日本の気配 増補版」
管啓次郎「本は読めないものだから心配するな」
窪美澄「トリニティ」
多和田葉子「飛魂」 
ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー(下)」

10,507円(付与予定ポイント:3,151円)

 

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家に帰り、ご飯を炊いていなかったのでご飯を炊き、急いでビビンバを作ってそれを食べる。最近の私はビビンバ尽くしである。病的なまでにビビンバにハマってしまった(嵌ってしまった)。ごま油とコチュジャンで既に優勝は決まっているのである。そこにそこそこ美味しい豚肉とパック野菜をいれて、適度に混ぜるとそれっぽい感じになって、それを口に入れるともはやビビンバである。たぶん2週間ほど、毎日のようにビビンバを食べているのだが一向に飽きる気配がない、それどころか食べ終わってすぐに、(早くビビンバが食べたい)と思うほどに私はビビンバを希求している。何たる幸せ。自炊をするようになってから毎食、貧相なものばかり食べて、心も貧相になっていた。そんな哀れな私をビビンバが救ってくれた。スーパーに置かれている「ビビンバ作成キット」を見かけなければ、自分でビビンバを作ろうとは思わなかっただろう。前々から韓国料理の中でも上位に食い込むほどビビンバが好きであったが、まさか毎日食べても飽きぬほどに私とビビンバの相性が良いとは思っていなかった。正確には、私とコチュジャンの相性がいい、つまり私は辛いものが好きであるということのような気がしているので、今後の自炊では積極的に韓国料理を導入していきたいと思う。そのスタートがビビンバになったのは偶然ではないはずだ。

 

 

ビビンバを食べて幸せな気持ちになって、しかしすぐに明日のことを思ってちょっぴり気分が暗くなった。この気分の暗さは前の経理や東京・名古屋の営業に比べればおままごとレベルで、そんなことで暗くなれるということは私はまだまだストレスに耐えられることの証左であった。本をたくさん買ったせいか、無性に活字を飲み干したくなり、図書館で借りていた「緊急事態下の物語(2021)」所収の金原ひとみ「腹を空かせた勇者ども」、真藤順丈「オキシジェン」を読む。まあなんというか、そうだね、緊急事態下ではこういったことが繰り広げられているのだろうね、ということは思ったが、それ以上でも以下でもなく、はっきり言ってしまえば読んでも読まなくてもいい作品であった。受け手の私の状態があまりよくなかったのかもしれない。でも今は一度読んだだけでは全く意味が分からない、でも何度も読んで思考に思考を重ねていけば筆者の伝えたいことの1%は分かるのではないか、といったレベルの文章が読みたくて、消化の良い、良すぎる文章は今は求めていなかった。単なる相性の問題なので、読む人によっては楽しめるかもしれませんね。

 

 

短篇を2篇読み終えると猛烈に眠気が。定期的に読んでいるブログの主が、「歯間ブラシで人生が変わるぞ」と大仰なことを言っていて、そういえば越してきたときに実家から持ってきた歯間ブラシがあったな、と適当に棚を探していたら見つけ、それで歯間を掃除したらごっそり汚れが取れ、歯間ブラシの臭いを嗅いでみるとしっかり臭くて、こんな口臭で人と話してて本当にすいませんでした、と、歯間ブラシで歯を綺麗にすることにそこはかとない興奮を感じ、おそらくこの行為は暫く続くだろう、と思われる。この文章を書いている次の日の夜もしっかり歯間ブラシで歯間の汚れを取った。今日ほどの汚れは取れなかったが、臭いはきつかったので、歯間ブラシが習慣になればいい。

 

 

あとは倒れこむように寝るだけである。眠たいのに寝られない、という最悪な状態が最近は来ていない、なんて幸せなことだろうか。

 

 

体重は増えたり減ったりしている。本格的に取り組まねば。まずは何をしたらいい?

 

 

79.6kg
23.8%

 

歩数:5,202歩