眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

精神が回復しつつある

これを読んでいる人にはどうでもいいことかもしれないが、私にとっては死活問題である精神の健康が回復しつつある。人間らしいことを話せるようになったし、些細なことで笑えるようになった。天気の良い日には外でお散歩をしたくなるし、美味しいご飯を食べている時はこんなに幸せなことがあるのかと驚いている。

 

 

気候が落ち着きつつある、ということも関係しているだろう。こんなことを書いているそばから新しい台風が九州地方に迫っているそうだが。いつだって近づいてくる台風は新しい。古い台風が何度も日本に近づいてきているとしたら、それで掌編がひとつは書けそうである。

 

 

東京に友達が皆無だし、地元の友達とは頻繁に連絡を取り合っていないので、人とコミュニケーションを取るときに流暢に言葉が出てくるかどうかは分からない。東京にも友達という存在を作った方がいいのだろうか。そもそも友達という存在が私にとって必要なのかどうかを考え出すと答えが出ない、ただただ悩むだけで、悩み続けるのが面倒なので途中で悩むことを放棄して、結局自分としてはどうしていくつもりなのかのスタンスは定まらない。この歳になって友達を作るだなんて...、という気持ちもあるし、友達は作るものじゃない、自然になっているものなんだという考えもある。ただ、会社以外に属しているコミュニティがないのに、新しい人間関係が構築されるはずがない。SNSで空想の人物と空虚なやり取りをするほど精神は強くない。何より今は人との接触に敏感な時期である。新しいコミュニティ、例えば外国語スクールとか社会人サークルとか、そういったところに飛び込みたい気持ちはあるけれど、人との会話が増えることで新型コロナに罹患する確率が上がると思うと、どうしてもそういった行動を今は取りたいとは思わない。職場での会話ですらあまりしたくない、できれば一切したくない、会話がしたいのなら電話で事足りるじゃないかと思ってしまう。潔癖症に拍車がかかっているような状況である。そんなもんだから、ウレタンマスクを着けて、「私はきちんと感染対策をしてますよ」という顔をしている人をぶん殴りたくなるし、そういうことを考えてしまうのはまだ精神が不安定なことの証左なのではないかと疑ってしまう。

 

 

話がよく分からないところに逸れてしまったが、今は精神を蝕むようなストレスが一切ないので、精神は順調に回復しつつあります。ただ精神の状況は波のようなもので、山があれば谷があるものなので、谷の時にも臆することなく生活を送れるように日頃から体調に気を使った生活を送ることが肝要だと思った次第です。コーヒーの飲み過ぎはあまり良くないとは分かっているけれど、コーヒーを飲まないと時間に区切りをつけられないような体になってしまった。