眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

明日も休みみたいな気分だ

まるで明日も休みのような。仕事がある日と仕事がない日の境目が非常に希薄で、生きているんだか死んでいるんだかもよく分からなくなっている。でもこの文章が公開されているということはまだ一応、生きているのだろう。どうせいつか死ぬのだから、今死んだところで......、という極論をまだ極論だと思えるので、私はまだ生きる。生にしがみつく。

 

 

3日間、ほとんどの時間を寝て、ちょこっとの時間を本に費やして、あとは音楽を聴いていたら終わってしまった。暦では既に秋なのだが、日向にさらされるとまだ夏の気配が残っていて、疎ましく思うけれど、まだ行かないでと寂しい気持ちにもなる。今週は祝日がもう一日あり、在宅勤務もあるので、実質ずっと休みみたいな気分である。

 

 

目が疲れることが多くなった。スマホの使い過ぎもあるだろうが、加齢により眼精疲労が若いころに比べて顕著になってきたのだろう。動画を見るほどの体力は残っていなくて、radikoでラジオを聴くことが多くなった。ラジオを聴いているとまるで二人の会話を近いところで聴いているような錯覚を覚え、一人じゃない、一人じゃないと自分に言い聞かせている。一人が嫌ならさっさと婚活を再開すればいいのだけれど、まだまだ予断は許さない状況が続いているし、メンタル的にまだ再開したいとは思わない。存分に一人の時間を楽しみたい。今は海外の音楽にどっぷり浸かりたい気分と、難しい本を読みほどいていく気分が昂っていて、その気分が落ち着くまでは婚活は再開しないだろう。そんなことを悠長に言っている場合か、一日一日着実に歳を取っていることを意識して、一日でも早く動いたほうがいいという考えもあるだろうが、一人身の時間を存分に味わってから活動を始めたほうが思い切りも良くなるだろう。婚活をしなくなって1ヶ月以上が経って、その間一人で寂しいという気持ちはあまりなくて、そういえば私は元々一人でいることが好きな人間で、誰かと一緒に手を繋いで生きていくのが苦手な人間だったことを今更ながら思い出して、結婚がどんどん遠のいていくのを遠目に眺めている。