眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

(供養)最後の彼女とのデート2回目

初めての2回目のデート。全くもって未知の領域である。29歳にもなってこんなにも恋愛経験が乏しいことに不安を感じる。中学生や高校生の時に、もっと女の子に積極的になっておけばよかった。告白を断らず、取り敢えず付き合う選択肢もあったのに、私はどうしてか一人の時間を選んだ。その結果、恋愛経験の乏しい、29歳の男が今ここにいるわけである。

 

 

2回目のデートなので1回目に比べて緊張はなかった。緊張どころか、わくわくもない、ちょっとどうにかした精神状況だった。この間の木曜日、久しぶりに社会復帰した辺りから外部の出来事に対して普段通りの反応が出来なくなっていた。音楽を聴いても本を読んでも、私の心を突き動かしてくれるものはなかった。「木の芽時」に体調を崩す人が多いと聞くが、私もそれに当てはまってしまったようだ。先週まではぽかぽかした気候だったのに、金曜日辺りからぐっと寒さがぶり返して、土曜日には精神が軽く死んだ。ライブに行っても、「おおおおお!」となるようなことはなく、俯瞰でステージを眺めている自分がいた。そんな精神が死んでいるような状態だったから、今回のデートで彼女と楽しい時間を過ごせるかどうか、そもそも私はデートが終わるまで人間の形をしているのかどうかが定かではなかった。

 

 

3つの喫茶店を提示して、彼女が一番気になったお店にした。10時に最寄りの駅に待ち合わせしていた。8時ごろ、ふとお店はどんな感じだったかしらと気になって、食べログのHPを見ていたら、「土日は当分の間テイクアウトのみ」という文言を見つけて、発狂しかけた。やばい、早くこのことを彼女に伝えないと。そして代替案を提示しないと。急いで代替案を絞り出し、今日の朝に送ったLINEが既読になっていなかったが彼女に直接電話をした。3コール目で彼女が出た。甘い、いつまでも聴いていたくなるような幸せな声だった。

 

「どうされたんですか?」

 

という彼女に、今日行く予定のお店がテイクアウトのみであること、なので代わりに他の店に行こう、ということを伝えた。

 

「分かりました。わざわざありがとうございます。私も気づきませんでした」

 

と言ってくれたが、店を提示した私が悪いので、そんなことを彼女に言わせた私は悪い男である。新しく決まったお店は彼女の家からちょっと遠いだろうこと、それと急な変更なので待ち合わせ時間は1時間ずらした。電話を終えて、すぐに良さげなお昼ご飯を食べられそうなお店をネットで探した。あまりいいお店が見つからず、そういえば代わりに行く予定の喫茶店でお昼ご飯を食べられるんじゃないか、と思って検索するといい感じの料理が出ることを発見した。よし、そこでお昼ご飯を食べてからスイーツを食べよう。一安心した私は星野源の曲を口ずさみながら、昨日のうちに決めておいた服装を身に纏い、髪をセットして、戦闘態勢に入る。

 

 

滞りなく店の最寄り駅に着き、一度お店を確認してから、駅へと戻る。待ち合わせ時間まであと15分ある。彼女は果たして来てくれるのだろうか。そんなどきどきを抱えながら、寒空の下彼女を待つ。寒い、寒すぎる。日向だからまだましだけれど、ちょっとでも風が吹いたら精神が病んでしまいそうなほどに震えてしまう。あと5分か。と思っていたら目の前から彼女が突然現れた。2回目の邂逅なのですぐに彼女は私の事を視認してくれたし、すぐに私も彼女だと分かった。彼女は慌てていた。彼女の方から慌てていることの真相を教えてくれた。どうやら彼女の妹が先ほど骨折をしてしまって、それに関するLINEが母親から届いているとのこと。「慌てても仕方がないんですよね」という彼女に対し、私は「すぐに実家に帰って、妹さんの様子を見たほうがいいんじゃないのかな」という趣旨のことを言った。「別に、そこまで大した怪我ではなさそうなんですけれど。一応入院して、手術もするということなんですけど......」私が彼女の立場だったらどうしているだろう。まだ知り合って間もない男とお茶をしているくらいだったら、真っ先に実家に帰るのではないか。でも彼女の実家はここからは遠く、電車とバスを駆使しても半日はかかるという。明日は出勤ということだから、今から実家に帰るのは現実的ではないし、そもそもどんどん悪化していく、というものでもないので、別に今からお茶を楽しんでもいいのか?私はどうしたらいいのか分からなかった。こんなこと、今まで読んでいた本とかネットに書かれていなかったじゃないか!と憤慨するほど馬鹿でもないので、ここで冷静になろう。話は変わるが、冬から春へと変わるこの季節のせいで、私は先ほどからどきどきが足りていない。前回会った時はどきどきで胸がはちきれそうで、デート後の2日くらいは彼女の事ばかり考えていたのに、今は悲しくもどきどきがない。彼女が無事に待ち合わせ場所に来てくれた安堵感と、彼女の妹さんの骨折の件で頭がぐちゃぐちゃになっていた。こういう時は、いつもと同じように冷静に振る舞ったほうが上手くいくはずだ。ということで、彼女の妹さんのことを気遣いつつお店へと向かう。

 

 

お店が開店するタイミングでちょうど到着して、窓際の席に案内した。「ちょっとお母さんにLINEを返します。ごめんなさい」と小さくなっている彼女、そこまで気にしなくてもいいのに。ゆっくりお母さんと連絡を取って、少しでも不安を取り除けばいいよ。何分か経って連絡をし終えたのか、ちょっとだけすっきりした顔の彼女が居たので、テーブルの端に置かれていたメニューを広げる。「これだとお昼ご飯とスイーツと飲み物が付いてくるね」「迷いますね」幸せなやり取りのはずなのに、私の自律神経は死んでいたので、どきどきはなく、彼女の言動に集中できるほどの精神も残っていなかった。ゲームでいえば赤ゲージでボス戦に挑むようなもので、あまりにも無謀な始まりだった。

 

 

メニューを注文し終えて、彼女とじっくり話す時間が訪れる。今回は前回のデートで話したことを踏まえ、より深い話をするつもりだった。しかし精神が死んでいる私の頭には言葉が一切現れておらず、ただじっと彼女の顔を眺めていた。不思議そうに私を見つめる彼女、そんな彼女を見つめる私。精神が死んでいるので気まずいと思う余裕もなかったが、彼女はあまり居心地が良くなかったのか、彼女の方から話を始めてくれた。......今思い返しても、どんな話をしていたのか、記憶を辿っても靄がかかっていて上手く思い出せないで歯痒い。多分お仕事の話、前回は「どんな仕事だって辛い筈だから」ということを彼女は言っていたが、彼女の仕事は人間関係もしんどそうだし、体力勝負のところもあるので、その辺でしんどくない、大丈夫?という風な話をして、ようやく心を開いてくれた彼女が今の悩み、そして新年度にあたっての悩みを話してくれた。私はそれに対してひたすら傾聴し、話を途中で遮ることなくしっかりと彼女が話しているのを聞いていた。悩みを話しているときの彼女は、愚痴なのに愚痴とは感じさせない爽快感があり、そんな素敵な女性といまこうやって面と向かって話しているんだからもうちょっとどきどきしてみたらどうなんだい、と自分に言い聞かせてみたが、精神は相変わらず死んでいたのでそんなことは出来なかった。コロナの関係で換気しなければいけないのか、ベランダが解き放たれていて、寒い空気がびゅんびゅんと店内に入ってきた。「寒いですね」とマフラーを巻いている彼女に対して申し訳なさを感じた。店のチョイスを間違えたか。それともこんなこともあろうかとホッカイロを持ってくるべきだったか。様々な考えが思い浮かんだが、そんなものはすぐに消え去り、すぐにどういう話を次にしようか、ということばかり考えていた。私は余裕のない生き物になっていた。それからはとりとめのない話をしていた。昨日はどんな風に過ごしたのか、どうして今の職業に就こうと思ったのか、もし結婚するとしたら何歳くらいにしようと考えているのか、結婚したら子どもは何人くらい欲しいのか。そういった何気ない会話から彼女の人となりを少しずつ知っていった。親御さんは帰りが遅いから、姉妹で夕ご飯を食べることが多い、だから妹とはとても仲が良くて、よく二人で旅行に行っていることとか。あとはお母さんの影響をとても受けていることとか。そういった、彼女のバックグラウンドを知ると彼女の存在がどんどん立体的になっていって、もし彼女と付き合うことになったらこういう風な生活が待っているんだろうな......、と妄想してみたりするのだろう。勿論彼女ばかりが話しているわけではなくて、私もどんどんと自己開示をしていった。しかし精神が不安定な時は言葉が上手く出ないので、普段だったら流暢に話せるような内容の話題でもつっかえつっかえになってしまい、彼女に伝えたいことの3割も伝えられなかったと思う。それがとてももどかしくて、なんでこのタイミングで精神がへたってしまうんだろう、と自分の精神の弱さを恨んでしまった。でも、そんな私のたどたどしい話でも彼女は興味深そうに聞いてくれたので、私はテンパることなく自分の考えを伝えることが出来た。唯一もったいないな、と思ったのが趣味の話で、私がよく本を読んでいるという話になって、「どんな本を読むことが多いんですか」と彼女が聞いてくれたのに、本当の事を言い出せず、「癒しですね。暖かい物語の本を読んで、仕事で疲れた心を癒しています」なんて、なんでそんなことが口からぺらぺらと漏れ出てしまったのか。就活していた時の、最終面接のときのことをぼんやりと思い出していた。前菜、メイン、スイーツを食べ終えた。そうそう、今回のデートの目的は久しぶりに彼女の大好きなスイーツを食べるということで、そのスイーツを美味しそうに、愛おしそうに食べている彼女を見ていたら私も嬉しくなって、(彼女と付き合うようになったら、こんな幸せな感情を日々抱くことになるんだろうな。いいな、もう今日告白してしまおうかな)なんてことを考えている自分がいたが、さすがにデート2回目で告白するなんてよっぽどお互いのテンポ感とか感性が合っていると感じた時くらいにしか発動できないようなもので、それに私は今精神が死んでいるので(何度言えば気が済むのか)そんな大それたことなど出来ない。食事をし終え、そろそろ店を出ようか、その前にお手洗うは大丈夫?と彼女に促し、彼女が席を外している隙にすかさず会計を済ます。2人分だからそうだよな、ごめんな財布、痛い思いばかりさせてしまって。と馬鹿なことを考えていた。

 

 

彼女がお手洗いから戻ってきたので、そのままスムーズにお店を出た。店の前で彼女が立ち止まる。

 

「私、お手洗いにいるときに〇〇さんがお会計しているの、聞こえていたんですからね。またやられた!と思いましたよ」

 

と、頬を膨らませてちょっぴり怒っている彼女は可愛い、可愛いは正義である、なんてことを考えながら、前回とは違う理由でここは奢るよ、とかなんとか言ったが、今回の彼女は引き下がらなかった。

 

「お会計はいくらでした?教えてくれないんですか。せめてこれだけでも」

 

と彼女からお金を貰った時、私は同時に二つの想像をして、良い方の想像が現実のものとなればいいな、と瞬時に思った。そんなやり取りを終え、お腹も満たされたし、彼女の妹さんが気になるしもうお別れしたほうがいいかな、と思っていたら、彼女の方から、

 

「いつもここに来た時に見ているお店があって。一緒に見ませんか」

 

と、身長差の都合上、彼女が上目遣いでそんな素敵なことを言ってくれるので、ちょろい男はすんなりとついていくに決まっているじゃないですか。まだ自分の実力を全然出していないのに、ここでお別れしてしまったら正直、今回のデートは微妙に思ってしまうのではないかな、という不安があった。トコトコと歩き、お目当てのお店へ。彼女が愛してやまないキャラクターの専門店で、きらきらした目でお店の商品を見ている彼女の横顔を眺めていたら、私の精神が少しずつ回復していることに気付いた。

 

「もう私の家にたくさんあるから、これ以上買うと邪魔になるんですけれど。可愛いもう、欲しいな」

 

とうきうきしている彼女を眺めていられたのが今日のハイライトでした。ああ、今日もデート出来て良かった。今回は前回ほど話がうまく出来なかったけれど、でもこうして彼女の笑顔を間近で見れることが出来たんだから、ああ、やっぱり女の子とデートって、素晴らしいな。としみじみ思っていたらお別れの時間がもう既にそこまで来ていた。15分ほどお店で商品を見て、満足した彼女と一緒に外に出た。乗る電車は違ったので、改札の前で別れることになった。もしかしたらこの瞬間が彼女の姿を見れる最後になってしまうのかもしれない、と思うとぐっと悲しさが込み上げて来て、でもこの場面でそんな悲しそうな雰囲気を出すのは場違いだったので、ぐっと堪え、彼女に今日のデートもすごく楽しかった。また一緒にご飯を食べたりしたいな。今日は来てくれて本当にありがとう、と後悔しないように思っていることを全て伝えた。彼女も手短に挨拶を済ませ、バイバイをして改札を抜けていった。今回は振り返るかな、と思ってじっと立っていたら振り返ってくれたので、二度目のバイバイをした。どうか今回のデートが最後のデートになりませんように、と祈りを込めながら手を振った。

 

 

 

すぐに彼女にお礼のLINEを送った。すぐに既読にはならなかった。変なテンションになっていたので、新宿に寄って散財を決めてから、家に帰ってぼおっとしていた。先ほどの事がまるで夢の中の出来事みたいに現実味がなかった。なんでこんなときに体調が崩れるような気候になってしまうんだよ、婚活を始めるタイミングを間違えてしまったか、ということをぐちぐち考えていた。先ほどのお礼のLINEを送った1時間後に彼女から返信が来た。こちらもとても楽しかったです。また一緒に時間を過ごしたいです、という旨の返信で、これは脈アリなのか脈ナシなのか判断がつきかねた。これ以上彼女を誘ったら彼女に負担をかけてしまうのではないか、と精神よわよわの男が一瞬考えたアイデアを、ちょっとだけ元気になった男が蹴散らした。先ほどのデートの中で、「一人暮らしを始めてから、一度も食べたことが無い。でも大好きな食べ物があるんです」ということを彼女が言っていたので、それを今度一緒に食べに行こうという内容で今回は誘ってみた。1時間待っても、2時間待っても返信は来なかった。駄目だったか、1回目のデートに比べてだいぶテンションが変わっていたから、それに違和を感じたのかもしれない。それか、妹さんの骨折の件でいろいろと忙しいのか。たくさんのたれらばが頭の中を行き来して、考えすぎて疲れたのでもう考えないことにした。短い間だったけれど、今まであった女性の中で一番気が合ったし、お話も楽しかったし、これからも一緒に居られたら幸せだろうな、という女性に出会えただけでも幸せだったと思うことにしよう。次に向かう余裕は今の私には残っていないので、当分はのんびりと自分を幸せにすることだけを考えよう、というモードに入っていた。