眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

残業が引き起こす心の揺らぎ

アルコールを摂取していないのに、今、酔っぱらっているように頭がくらくらしてまともに思考を組むことができないのは、思わぬ残業をしてしまい、心がきゅーっと締め付けられたからである。今しがた夕飯のビビンバを食べ終えて、ご飯の量がちょっと多くて、お腹の方もくらくらしてきて、クリープハイプの「世界観」を聴いてて、ちょっとずつ、ちょっとずつ心が落ち着いていくといいな。

 

 

定時のちょっと前、後ろで他部署の人間が話してて、「今日が締め切りだけれど、大丈夫か?」と上司が部下に訊いてて、引っかかるものを感じた。あれ、そういえば自分もこの時期にしなければいけない仕事があって、それって確か今日あたりに仕上げておかなければいけないんじゃ......。と軽く青褪めてから月の予定表を確認すると、仕事の成果物を明日中に依頼先に発信しなければいけないことになっていて、だから今日にはそれを作り上げておかないといけない筈だった。危ねえ、と思うと同時に定時の鐘が鳴って、やばいやばいやばい、と急ピッチでその仕事に取り掛かる。

 

 

すっかりうっかりしていた。てっきり時期が来たらコピーロボットが「そろそろ作らないとね」と言い出すと思っていた。それは彼に対する過大評価であった。前回の成果物とマニュアルを参考にして、黙々と作業を進める。一通り進め、そういえば他部署に依頼していた仕事の成果物がまだ来ていなかったな、と慌てて担当者に連絡を取る。メールで一度訊き、30分経っても返信がなかったので違うルートで訊くとすぐに返信があり、「実は自分の所にもまだ来ていないんですよね。明日には来ると思うんですけれど」と、すっかり他人行儀な態度を取られてぼかんとしてしまう。成果物の締め切りは先週の金曜日に設定しておいた筈だったのに。まだ準備をしていない相手も相手だし、ぎりぎりになってせっつく私も私だった。

 

 

急ピッチで作業を進めたので、それがきちんと仕上がっているのかどうか分からない。とりあえず出来た成果物の数字と他のルートで出力する数字が合っていればだいたいはオーケーなんだけれど、確認してみると全然合っていなかった。え、なんで、なんでなんで?と慌てて、しばし考えてみる。出力の仕方がおかしいのか、それとも成果物を作る過程で不純物が混じったか、それともその両方か。どうしよう、時間はないから恥を忍んでコピーロボットに訊くか、でも彼は彼でせっせと何かしらの作業をしている(それはのんひょがコピーロボットにチェックを頼んだ仕事だった)。コピーロボットに訊くのはやめよう、自分でなんとか解決策を考えなければ。こういう時に「せんぱーい、作業を進めてて分からないところがあったんですけれど~~~!」と無邪気に先輩を頼る後輩は先輩に好かれるのだろう、残念ながら私はそういう無邪気な性格を持ち合わせていないし、コピーロボットに好かれたいとも思っていない。そういうところはコピーロボットにも伝わっているんだろうな、私は可愛い後輩だなんて思っていない、ただただ無口で何考えているか分かんない奴、としか思っていないんだろうな。

 

 

君が飼ってたあのブサイクな犬は今でも元気ですか
ずっと懐かなかったなぁ本当の事は見透かされてたんだ

クリープハイプ「君の部屋」

 

 

気付いたら1時間以上も残業してて、ほとんどの人がさっさと帰っていて、私も本当だったらとっくの昔に帰っていたはずなのに、心をざわつかせながわせっせと数字が合わない理由を考えているの、なんだか情けないな。上司が近づいてきて、「せっかく月曜日なんだしさ、早めに帰ろうよ」と耳打ちしてきて、私は別に上司が帰っても気にしないので、どうぞお帰りください、お疲れ様でした。

 

 

そのあともうんうんと悩んで、ふっと頭をよぎったアイデアが私を救った。前回と同じ過ちを犯していた。狭いところをぐるぐるぐるぐる回っていたから気付かなかった、広い視野で物事を眺めていたらすぐに気が付けただろう。それで数字を調整すると、無事に合致した、お疲れさまでした。表の体裁を整えていると、鞄を肩に掛けたコピーロボットが近づいてきて、心配そうな顔で「大丈夫?帰っちゃうよ?」と訊いてくるので、「大丈夫です。私もあと少しで帰るので」と言うと安心した顔で、「それでは。お先にしっつれいしまーす!」と高らかに声を張り上げていた。コピーロボットよりも遅くまで仕事をしていることは最近は全然なかったので、彼は帰る時このように振る舞うのか、どこまでもコピーロボットの域を超えていないことに安心する。

 

 

表の体裁を整え終え、依頼した人からは成果物は届かなかったので、あとは明日の私に任せた、頑張って。気づくとおジイさんも鞄を肩に掛けていて、「ほんじゃ、お先です」とぼそぼそと言って静かに職場を後にした。一秒でも早くここから抜け出したかったので、慌てて帰りの支度をして、颯爽と職場を抜けた。

 

 

今回の件で必要以上に心が揺らいでしまったのは、

 

・予期していないことで残業を余儀なくされた
・残業に慣れていなかった

 

の2つの要因が合わさったからで、「今日はほにゃほにゃがあるから、だいたいこれくらいは残業するだろうな」という心構えを事前にしていればあそこまで狼狽えなかっただろうし、残業が平常化していたら、会社を出た後にどっと疲れが押し寄せてこなかっただろう。1つめの要因は私の不用心から引き起こされたので、これからは仕事に対して真剣にと取り組む、なんとなくで作業を進めない、なんとなくで予定を組まないこと。2つめは、まあ、残業が平常化するなんて馬鹿らしい事態になったらさっさと会社を辞めてしまうだろうから、深く考える必要はないだろう。

 

 

さっと顔から血の気が引くとはこのことだよな、と懐かしくなった。前の経理や、営業でストレスが平生から圧し掛かっていたころはその現象は普通の出来事で、今はそういうのが異常なので、いつまでもそれが異常な生活であってほしい。帰りに電車に乗っているとき、20時前の電車、2時間の残業なんてそこまでブラックではないと思うけれど、ここまで精神がやられてしまうのか、なんて私は心身が弱いのだろうと虚しくなったし、こんな時間に電車に乗っている人は私と同じくらい残業しているのに平気な顔して電車に乗っているのが不思議で、もしかしたら私よりも出社時間が遅いのかもしれないけれど、20時前に電車に乗っているのは切ない、このあと家に帰っても誰も待っていてくれないというのがたまらなく寂しく感じて、パートナーがいてくれれば、とこういう時だけ都合よく考える自分の虫の良さに苛々した。そうこうしていたらクリープハイプがぐっと私の心に近づいていて、ひりひりした気分の時の方が音楽は私に寄り添ってくれるのだということを痛感している。