眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

今日もまた昨日と同じような一日が始まる、それは幸せなことなのだろうか?

会社へ向かう電車に乗っている。ふと、子どもだった頃を思い出して、今、こうしてなんの気概もなく会社へと向かっていることを不可思議に思う。子どもの頃に描いていた「働く大人」からだいぶかけ離れた、とても自由に生活を送っている、そんな生活を送れているのはまだ私に面倒な仕事が降りかかっていないから、部下をマネージメントする位置に属していない、上から任されたことを淡々とこなしているだけだからか。いつまでこんな生活が続くのか、続けるのか。多くの人がホームに降り立って、それと同じくらいの人が電車に乗ってきた。耳元ではフラッドが元気に音楽を鳴らし続ける。このまま会社の最寄り駅まで電車に乗り続けても、辿り着くのは焦燥の向こう側で、空想する世界はどこか儚げで今にも崩れていきそうである。目の前に座っている人が泣いている、何が悲しくて、何が悔しくて泣いているのか。電車に乗っている人のほとんどが夢中になってスマホを見つめている。今の時代、人間よりもスマホに向き合っている時間の方が長い人がほとんどで、そんな世界を創り出すためにスマホは生み出されたのか。スマホを使いこなしていると豪語している彼は、スマホに使いこなされていた。四六時中、くだらないゴシップや素人が踊る動画を見て人生を食い潰している。彼がその生活に満足しているのならそれでいいけれど、あとで後悔しないだろうか。他人のことを慮れるほど私は人情味のある人間ではない。人情味のある人間は他人との距離感がバグっている奴が多い。まだフラッドは、亮介は歌い続けている。自由を手に入れるために歌い続けている。憂鬱ではない仕事を迎えるために会社に行く、こんな時代なのに電車に乗って会社に行くのってなんて非効率なんだろうとぼんやり思いながら、眠たいので深く考えることができずに、気づいたら電車は会社の最寄駅に着いていた。