眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2021年8月7日(土)

お盆休み1日目

 

最近の感じなのだが、その日のうちにその日の出来事を文章として書き綴るということが稀になっている。それは日々の仕事に忙殺されて文章を書いている時間がない、とある事情により精神的余裕がない、そういった理由で文章が書けないのではなく、文章を書くのが非常に億劫になっているだけである。もう少し正確に表現すると、文章を書くことだけが億劫なのではなく、食事を取るとか、通勤とか、食事を取るとか、録画した番組を観るとか、読書をするとか、そういった生活全般の行動のほとんどが億劫になっている。なぜそんなふうになっているのか。コロナによって精神の状態が平生に比べてよろしくないという考えもあるし、あと1ヶ月で30歳になるというのに、生活の感じとか考え方の傾向とか10年前に比べてあまり変わっていないという不安もあるだろう。様々な要素が複雑に絡み合って、「今日文章書くの面倒だわ。明日書こう」というのが毎日のように繰り広げられて、今、この文章を書いているのは8月9日であり、これはまだましな方である。酷いときは1週間後に書くようなときもあり、そういうときは適当に物事を書き連ねてお茶を濁している。1週間前のことなんて覚えていない。私はあまり記憶力が良いほうではないので、うっかりしていると必要ないと判断した物事の大半は記憶から抜け落ちてしまう。それでいいと思う。たまに記憶力が良い人を羨ましくなるときもあるけれど、記憶力が良くないおかげで、今まで生きてきた中で体験した嫌なこと、高校時代にひとりぼっちで時間を過ごしたとか、営業時代に上司からパワハラモラハラを受けた事とか、そういった負の時間のことをあまり覚えていない。覚えていないから、過去の辛い出来事を反芻して何度も嫌な思いをすることもない。たまにそういった時期があったことを思い出して、「ああ、そんなこともあったな。それに比べると今は負荷が全然かかっていなくて幸せなんだな」ぐらいしか考えることがない。そう考えると私という人間は非常に単純な人間、嫌なことはさっさと忘れる、忘れるどころか良い感じに記憶を塗り替えていて、そういった感じで生きている人間のほうがどちらかというと幸せな感情を持ちやすいのではないか、とだらだら考えている。

 

 

帰省するわけでもなく、大型イベントに参加するわけでもなく、特に予定が決まっていない9日間の休みが目の前に広がっている状況はなんとも奇妙な感じを受ける。コロナがやいやい言われていなかった時期、2019年以前の夏は隙間なく予定を組み込むことが常になっていて、それはライブであったり旅行であったり、はたまた地元の友達との邂逅であったりして、そういったものがない夏は去年に引き続き2度目である(来年も同じ感じなんだろうな)。去年の夏を文章で読み返してみると、あまり面白そうな夏ではなさそうで、それは去年の今頃はまだコロナに対して未知の感じが強く、コロナに罹ったら死んでしまうのではないかという恐怖、それで外に出るのは憚られる、でもずっと家にいるのは気が滅入ってくる、そんな感じであまり面白くなさそうな夏を過ごしていて、よくもまあ発狂しなかったものだと今の私は感心している。今年の夏は去年の夏よりも状況が悪化しているが、コロナに対してある程度の理解は進んでいるので、極端に恐れることはない。ワクチンを2回接種したし、どういった場所だと感染リスクが高いのかといった知見も蓄えられているので、精神的にはだいぶ余裕がある。のだが、参加する予定だったイベントが中止に追い込まれ、それが今年の夏に対するわくわくをだいぶ削いでしまっていた。そのイベントに参加できなくなるわ、マッチングアプリで知り合った人との予定も消失してしまうわで、面白味にかける夏になってしまいそうなのだが、まずまず面白くなりそうな感じはある。

 

 

今日は家から一歩も出ることはなかった。コロナが怖いというのもあるが、天気が悪くて、傘をさしてまで外に出たいとは思えなかった。ずっと家に居て、読書ばかりしてると、酩酊みたいな感じになる。あらゆる本の文章をどこどこ頭に注ぎ込んでいくと、たくさんの人間の考えが面白いくらいに混在していき、その度合いが強まっていくと頭がそれらを処理できなくなっていき、お酒を飲みすぎてしまった時の感じ、自分は右に進みたいのに圧倒的に左に進んでいく、ああいった感じになることが多く、文章をたくさん頭に入れることは面白いものであるな、とのんびり夏を過ごしていた。

 

 

読書をしているだけなら平和に一日が過ぎていってくれるはずだったのだが、みょうちくりんな文章を読んでいて、それをうまく理解することができず、そうなると頭はその世界から遠ざかりたくなる。遠ざかりたくなるというのは具体的には寝たいということで、惰眠を3回ほど、それも1回1回がそこそこ長い惰眠を貪ってしまったせいで、さあそろそろお休みしましょう、今日に別れを告げて明日にこんにちはしましょうといった段になって、全然眠くない、眠くないどころかめっちゃ頭が冴えている状態が長い間持続することになる。だめだ、文章を書くのがへたくそになっている。文章を書くのがうまいほうではないのだが、文章を書くのをサボり過ぎてしまったせいで、文章を書く時に身体のなかで生じるリズム感が全然湧きおこらず、平坦な道をずっと歩いているような、楽しくもないし辛くもない、ほぼほぼ「無」の状態がずっと続いていて、文章を書いていて何の意味があるんだろう、という考えが頭のだいぶぶんを占めていて、じゃあさっさとこの文章を終わらせてしまったほうがいい。

 

 

歩数:測定不能