眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2021年6月30日(水)

7時10分、7時15分、7時20分と小刻みにアラームをかけていたのに、7時30分のアラームで危機を感知してようやく起きれた。まだ眠たかった。今日が休みだったら一日中、家でごろごろしてただろうにな、と悔しくなった。いつもはテレビの音が不快なのでテレビはつけていないが、なんだか寂しくてテレビをつけた。ぼーっとした頭でフルグラを食べ、おにぎりを作り、弁当の具材をタッパーに詰め、ご飯の炊飯予約をして、7時50分に家を出た。今日も一日中どんよりした感じの天気の予感がして、早く梅雨が明けて欲しいと切に願う。でも7月10までの天気を調べたら晴れの日が1日もなかったので、もういっそのことからっとした地方に滞在したかった。たぶん、梅雨の時期が一年で一番嫌いだ。少しずつ高くなっていく満員電車の乗車率に怯えながら、ぎりぎりで会社に着き、始業になったら溜まっていた仕事、新しく追加された仕事を淡々と、訥々とこなしていった。目の前にあるものだけに集中して、後ろを振り返って感傷に浸るような時間は作らないようにした。しかし、データの処理が完了するのを待っているほんの数秒の間でも元彼女のことがふっと頭を過って、もうそれはそれでいいような気がした。日曜日のどん底の気分になることはなくなって、ちょっとだけ左胸が痛むだけだった。それでも今日は月末で、うっかりしていると新しい仕事で机が支配されてしまうので、とにかく仕事をこなしていった。後ろにお喋りの女性二人組が居て、彼女らの他愛のない話は深夜ラジオのでテンションで聞いていて、ちょっとだけ精神を支えてくれた。無性に人とコミュニケーションを取りたくなっていて、でも職場には自分のことを気軽に話せるような間柄の人は存在しなくて、だから仕方なく黙々と仕事を進めていった。長いんだが短いんだかよく分からない時間感覚で、それでもお昼休みはやってきた。おにぎりを頬張って、おかずを食べ、スープを啜り、昼飯を済ませた後に髭を聴いていた。「Peanuts Forever」(2006年)は、こんなに良曲揃いだったんだ。再現ライブのチケットを取っておいてよかったー。そして、出会った時(2007年)にしっかり聴いておけばよかったと軽く後悔している。ライブもなかなかにクレイジーだし、須藤さんの緩い感じも最高なので、今度の日曜日がとても楽しみである。だから、まずは今度の日曜日までは死ねないのである。髭を聴きながら、昨日から読み耽っていたマッチングアプリ達人のnoteを読んでいて、それは今まで読んできた小手先のしょうもないテクニックではなく、「きちんと」考えられた末に人と「しっかり」向き合おうとしている形跡が窺われた。こんな世界が広がっていたのかと目から鱗だった。いつぞやにズイショさんの文章(ブログかTwitterかは忘れた)を読んで世界が広がったときよりは弱いけれど、視野は広がった。今までの私は馬鹿真面目というか、女性の話を傾聴していれば女性に喜ばれると思っていた。現実はそんな単純な話ではなく、もっと機転を利かせた行動を取ることで、女性はやり取りしている男性に惹かれる、そうだ。まだ半信半疑なぶぶんがあるので、これからたくさん経験していくしかないだろう。

 


お昼休みはそんな感じであっという間に終わってしまい、午後もじめじめした感じを全身に受け入れながら仕事を進めていった。午後はあまり元彼女のことを思い出して苦しい感情を引きずりまわすことはなかった。ふー。人は同じことをいつまでもぐちぐち考えられないように設計されているらしい。人間という生き物がそういう風に設計されていて、本当によかった。というか、私自身が同じことをずっと続けられない、飽きっぽい性格だけなのかもしれないが。正直なところ、仕事をしているときも若干のウワノソラであった。それは仕方ないと思う。だって3日前に、LINEで一方的に別れを告げられたのに、そんなすぐに気持ちの整理がつくはずがない。精神が頑丈で、出会いと別れを繰り返す人だったら3日で立ち直れるかもしれないけれど、私の精神はそんな頑丈には作られていないし、出会いなんて社会人になってから殆ど無かった、いや皆無と言っても差し支えないほどに出会いなんてなかったから、しんどいのは仕方ないだろう。彼女に対する未練はまだある。もし彼女の方から「あんなこと言ってごめんなさい。復縁したいです」と言われたら復縁してしまうくらいに私はまだ彼女のことが好きだ。でもあんなメッセージを送ってきたということは、もう私に対して興味関心はないのだろう。去る者追わずの精神でやっていかないとな。でも、でもをずっと考えてて、なんだかんだでしんどい気分は続いていた。でも仕事はしなければいけない。次々と舞い込んでくる仕事をこなしていても、まだ頭の片隅には彼女のことが残っていた。

 


定時になったので会社を出た。電車に乗って家の最寄り駅まで移動して、近所のスーパーで夕飯の具材を買って、家に帰った。そうだ、今思い出したけれど、今日から京極夏彦の「遠巷説百物語」が発売してて、一部の本屋さんではサイン本も発売されていた。仕事に集中していて、完全に出遅れた私は途方に暮れた。でもまだ期待していた。とある本屋さんにはまだあるのではないか。そこの本屋のツイートでは、ただ本が入荷しただけだと書かれたいたが、その本屋は他の本屋で販売しているサイン本は大抵販売しているので、駄目元で電話してみた。「まだサイン本の在庫はございますよ」天にも昇りそうな気持だった。京極夏彦のサイン本は「今昔百鬼拾遺 月」に続いて2冊目だった。家宝にしよう。ネットを調べてみたら、該当のサイン本が2万円近くで転売されていた。京極夏彦のサイン本を転売するなんて、すごい度胸をしているよな。あの方のサイン本を転売なんてしたら、なにものかに祟られそうなのに。

 


家に帰って、シャワーを浴びて、マッチングアプリでメッセージをいくつか返してから夕飯のキムチ鍋を作った。今日は白菜と茸と豚肉とキムチを入れたものだった。なんでこんな時期に鍋を食べたくなったかはよく分からないけれど、多分自分が作れるご飯の中で鍋が一番美味しくて、今は美味しいものを食べて心も体も満たされていたかったのだろう。食べきれなかったのでちょっとだけ残して、髭を聴いてうきうきした。もちろん100%うきうきできるわけではない、それでも60%ぐらいのうきうきではあった。髭を聴きながらマッチングアプリを進めた。既に連絡先を交換したのが二人、アプリ上で良い感じにメッセージのやり取りが続いているのが三人で、婚活に繰り出せば私にも需要はあるのだ、という事実は少しずつ私の疲弊した精神を癒していった。でも、不意に空しくなる時があって、それは彼女と別れた云々もあるけれど、どうしてもマッチングアプリというものを信用しきれなくて、現実世界での出会いを諦めた人がやってくるような場所だから、言葉は悪いがまあそんな感じの人が多くて、でもそれは自分にも跳ね返ってくることだった。彼女のことがあるので、人には打ち明けられないようなことを抱えている女性もいるはずで、今度こそ重たい事情は抱えていない、朗らかで私のことを好きに思ってくれる女性に出会いたい、そして付き合って近いうち結婚したいと思った。婚活に対してこんなにも前向きでいられるのは、彼女と別れて頭が興奮しているからで、この興奮がおさまったら多分、婚活が面倒に思えるだろう。その時はその時で、無理して婚活はしなくていい、自分の好きなこと、音楽を聴くとか本を読むとか、久しぶりにNetflixで韓国ドラマを観るとか(最近は一切Netflixを開いていないので勿体ないな)、それらをして満たされた気持ちになりたいな。

 

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麦茶のティーバッグを使って初めて麦茶を作った。元彼女の家でその麦茶を飲んで美味しかったから。なんだか気持ち悪いよな。味はとても薄くて、恥を承知でどのように作っていたのかを聞きたい。

 

 

今日も長かったな、一日が。

 

 

3,575歩