眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

元彼女に関する文章の供養

中途半端に書いて、最後まで書ききれなかった、元彼女に関する文章の供養。

 

「歪な恋愛歪な恋愛」
一方が好きで、一方がそうでもない状況がずっと続くと、好きな方の精神は着実に病む。私は病んでいるよ。

 

 

 

「結婚するまでの道程」
できることなら今から1年ほどで結婚したいと思っている。期間については多少の誤差があっても仕方ないと思うけれど、今付き合っている彼女との結婚に対する考え方にズレがあるのならば、きちんと話し合ったうえで、考え方のズレが直らないようであれば別れるしかないと思っている。
 
 
まだ付き合う前のいつのデートだったか忘れてしまったが、結婚に関する話をして、彼女は近々でしたいとは思っていないと話していた気がする。でも親から「(彼女)ちゃんの子どもが早く見たいな」とせっつかれているので、そう遠くない未来に結婚して、子どもを産むかもしれない、といったことを言っていた気がする。気がする、なんて曖昧な記憶のままでいいわけがないので、次に彼女と会った時に結婚の話をする。もしそこで、「まだまだ結婚なんて遠い未来の話ですよ」と言われたら、彼女と今後も付き合うべきかどうかを真剣に考えなければならない。
 
 
結婚のタイミングについて、彼女はどのように考えているのか。結婚しようと思うのは、
 


・恋人と付き合った期間・自分の年齢・一人前に仕事ができるようになってから
 


の中からあるのか。それとも他の要因で決めるつもりなのか。そもそもまだ若いので、そこまで深く結婚のことについては考えていないのか。そこをはっきりさせないといけないと思っている。もし彼女と1年間付き合い、「そろそろ結婚しようか...」とこちらが切り出して、「え、私は~~~だから、まだ結婚しようとは思わない」と言われたら、直接的な表現をすると「時間の無駄」だし、「お金の無駄」である。結果的に結婚には至らなかった女性との交際も人生の遠回りには欠かせないのかもしれないけれど、私にはあまり時間的余裕がない。勝手にそう思っているだけで、世間一般的に見たら、「まだそんなに焦るような年齢じゃないのに」という感じかもしれない。
 
 
私がこんなにも結婚を焦っているのは、地元の友達の影響が大いにある。関係のない人間、例えば交流が一切ない会社の同期が結婚したとかであれば、「ふ~ん」で済ますだろうけれど、地元の友達がここ2,3年でどんどん結婚してしまい、グループの中で結婚していないのが私とねずみ男となってしまったので、否が応にも焦らざるをえない。結婚しないと一人前になれないなんて考えていないし、結婚しないのは不幸だとも思わない。でもあと数ヶ月で30歳になってしまう状況に置かれると、もし来年結婚してすぐに子どもができたとしても、子どもが○歳のときには私は○歳なのか、ということを考えてしまい、その妄想が止まらなくなってしまう。年齢の高い親は駄目でないが、できることなら若いうちに子どもを育てたい願望がある。その願望がどのような背景から生まれたのかまでは真剣に考えたことはないけれど、元々体力のない人間なので、まだ体に無理をさせられる30代のうちに子どもを授かったら、子育てやその他諸々のことが40代に子どもを授かった時よりも楽にこなせるだろうな、という考えはある。もちろん30代で子どもを授かったところで子育ては大変なことに変わりはない。でも、ええい、本音を言ってしまえば、もう独身の生活に飽きてしまったのだ。自由気儘にライブに参加したり、ドラマを観たり、本を読んだり、そういう生活は好きだけれど、社会人7年目にしてそろそろそれらの行為に飽きてきた。若かった時に比べてそれらに傾けられる情熱が薄くなってきており、たまに、(一人でなんでこんなことをしているんだろう)と虚しくなる夜がある。そんな虚しい夜を何回も何十回も何百回も繰り返した末に、「よし、婚活しよう」と動き出して、今年の1月に本格的に動き出したのだ。その活動の末、今の彼女との交際が始まった。

 

 

 

「誰にも理解されないし、理解されなくていい。..........でも本当は誰かに愚痴を零したい。」

何で付き合っててこんなに苦しいんだろうね...?

 

 


「泣くな青春」

高校生の頃、私は恋をしていなかった。気になる人はいたけれど、その人との間には看過できないほど隔絶した距離があり、そこを乗り越えてまで恋を始める勇気、気力がなかった。進学校に通っていたので大っぴらに恋愛をひけらかす学生はあまりいなかったけれど、帰り道、手を繋いで歩いているカップルを見るとたまらなく悔しくて、自分もこんな青春を送りたかったなと胸が掻きむしられる気分になった。
 
 
大学生になっても一向に恋の予感は見当たらなかった。高校に比べると周りの人は恋に浮かれていたけれど、そのテンションはあまりにも非日常すぎて、そんなテンションになってまで恋をしたいと思わなかった。当時の私にとって、音楽を聴いて、気になったバンドのライブに行くことが何よりの心の支えで、恋愛なんかにうつつを抜かしている暇はなかった。部活に入っていたから当然の如く後輩ができた。小中高と部活はやっていたけれど、後輩とそこまで接することをしてこなかった私、四六時中一緒に時間を過ごす後輩の存在は大きかった。
 
 
気になる後輩がいた。その子は真面目で、真面目すぎて周りが見えていなくて、ときどき変な行動をとっていた。それを周りは嘲笑するのではなく、そういう子、という認識でとどめていた。優しい世界だった。部活内でいじめなんてないし、もし誰かが誰かをいじめるようなことがあったら、先輩が許さなかっただろう。誰よりも強くて、誰よりも優しい先輩のことが私は好きだった。
 
 
後輩とはその後付き合うことになった。私は就職の都合で地元を離れることになり、後輩も一年遅れて東京に来てくれた。生まれて初めて、家族以外の人間と生活を共にした。生活リズムは全然違ったので、それによる摩擦は何度も起きた。そのたびに私は嫌な気分になったし、でも付き合っていてずっと幸せな気持ちでいられるとも思っていなかったので、他人と暮らすことはこういう感じなんだ、と勉強になった。
 
 
二年間の同棲の末、一緒に住むことをやめた。どちらから言い出したのかはもう忘れてしまったけれど、お互い、同棲してても幸せにはなれないと思っていたのだろう。それでも付き合っていた。2週間に1回は会い、ご飯を食べたり遊んだりした。でも限界を感じている自分がいた。同棲をやめてから約半年後に、後輩と別れた。私が先に別れを切り出すと、後輩も「同じことを考えていました」と言った。それから私は、当分は恋愛はしなくてもいいかな、という気分になった。一人で過ごす休日はとても開放的で、何をしてても誰からも咎められない環境に居心地の良さを覚えた。
 
 
そんな私でも、すぐに恋人が欲しくなった。マッチングアプリを始めた。何人かとメッセージのやり取りをして、一人の女性とデートをすることになった。文字でしかやり取りをしていない女性と会うことに対して、私はとても緊張をしていた。デート当日の記憶は殆ど残っていない。ただ、私ばかりが話していて、彼女は自分の事を全然話していなかったことだけは鮮明に覚えている。「今日はとても楽しかったです。また会ってお話したいのですが、次の日曜日はいかがですか」LINEを送っても、既読になることはなかった。
 
 
そこから1年以上、恋愛から離れる。仕事でいっぱいいっぱいだったこともあるが、もう傷つきたくないという思いがあった。バックグラウンドをほとんど知らないような人と会って、数回のデートで告白するというイベントに馴染むことができなかった。そんなものは本物の恋愛じゃないと思っていた。
 
 
去年の3月からコロナ騒動が始まって、一人でいる時間が多くなった。ただでさえ一人で過ごす時間多い癖に、外に出ることもままならくなり、じっと家にいて韓国ドラマばかり見ている生活に嫌気が差した。恋をしたい。というか人と話したい。その気持ちが異様なまでに強くなり、今年の1月に再びマッチングアプリを始めた。
 
 
良いと思える人が全然見つからなかった。そうだろう、好条件な人は高校が大学の時にパートナーを見つけて、とっくのとうに結婚してしまっているのだろう。この歳になってまでマッチングアプリで出会いを求めているような人間は、私も含めて余りものなのだろう。そんなことを考えていたら、興味がさほど惹かれない、それにメッセージをまともに返してくれないような人に真剣に考えたメッセージを送るのが馬鹿馬鹿しく思えて、途中で婚活をやめようと思った。こうやって無理矢理出会いを探してもいいことなんてない、出会いなんてものはタイミングで、その時になったら然るべき人と然るべき場所で出会う筈だ、と勝手に思い込んでいた。婚活に対する熱はすっかり冷め切っていた。
 
 
そんな時に一人の女性に出会った。

 

 

 

「手紙」
拝啓 ◯◯さんへ
 
 
面と向かってだと自分の気持ちをうまく伝えられないと思い、あなた宛に手紙を書いております。
 
 
付き合ったら楽しい毎日が待っているものだと勘違いしておりました。毎日のようにLINEを送りあい、最低でも週に1回はデートをして、それでも足りないので、お互いの都合をなんとか合わせ、平日の仕事終わりに軽く一杯なんてイベントがあるものだと思ってました。現実は違いましたね。あなたは恋人よりも友達や仕事を優先する人でした。友達と付き合ってきた時間、仕事に費やした時間に比べたら、マッチングアプリで会った私と過ごす時間など比較するまでもなく微々たる時間で、あなたの生活の一部にすらなりえませんでしたね。どんなに忙しくてもLINEの一本は入れられるだろう、という考え自体が傲慢なのだとあなたに気付かされました。
 
 
あなたと会えない時間、たくさんのことを考えました。どうしてあなたは自分から積極的に会おうとしないのだろう。どうしてあなたはLINEを頻繁に返してくれないのだろう。どうしてあなたは電話をしたがらないのだろう。たくさんのどうしてが積もり積もったとき、私はあなたとの距離を感じました。

 

 

 

「恋愛のこと」
恋愛のこと、彼女のことについて考えれば考えるほどドツボにはまっていって抜け出せなくなる気がしてて、心にこびりついている重たいものを外部に吐き出さないと息苦しいので、ちょっと吐き出します。
 

 

そもそも私はウェットな恋愛がしたいのかどうか。具体的には彼女といるときに彼女といちゃいちゃしたり、一緒にいないときは頻繁に連絡を取りたいのか。そんなことをしたい気もするけれど、その状態がずっと続くと、ええい鬱陶しいと感じるかもしれない、と考えることもある。恋愛の初めの頃はそれらを存分に摂取したい気分はおそらくある。でも付き合いが長くなっていくにつれて、それらの行為が徐々に鬱陶しく感じるようになり、「ええい、ちょっと離れてくれんかい!」と思うようになる、かもしれない。「もっと一緒にいたい、いちゃいちゃしたいのに涙」としくしくする恋人を鬱陶しく感じるかもしれない。
 

 

私は一人の時間がものすごく好きだ。家族でさえずっと一緒にいる時間が長くなると息が詰まりそうになってくる。大学の友達と遊んでいるときも、初めの頃は楽しいけれど、一緒にいる時間が長くなるにつれて、「ちょっと一人になりたいな...」と息苦しくなる。合宿のような、1日も2日も人間と一緒にいるようなイベント、最初は楽しいんだけれど、途中から無性に一人になりたくて、適当な理由をつけて一人で知らない道をぶらぶらしていた。今でも覚えているけれど、温泉街に合宿した時の2日目の朝、まだ誰も起きていないほどの早朝に目が覚めてしまい、あてもなくぶらぶらと知らない道を歩いているときの高揚感、「ああ、私は一人でいるのだな」という嬉しさがすごくて、合宿の時の記憶がそれくらいしか残っていない。
 

 

かといって一人がずっと好きなわけではない。一人の時間がずっと続くと人肌が恋しくなるし、一人暮らしを再び始めるようになってから定期的に親と電話をして精神の安定をはかっている。彼女は人に対してあまり執着するタイプではないそうだが、私は小さい時は異常なまでに人に執着していた。たくさんの人に同じレベルで執着をするのではなく、大好きになった一人の相手をとことん独り占めしたくなる、みたいな。幼稚園や小学生のときはその傾向が特に顕著だった。ある子のことが好きになったら、出来る限りの時間その子と一緒にいたいと思う、病的なまでに。まだ3歳くらいだっただろうか、自分の家すらまともに把握していないくせに、大好きな友達と遊びたくて、休日、自分の家からその子の家までどんな風にして行ったのかはいまだに謎なのだが、気付いたらその子の家の前に立っていた。人に執着はするけれど、人一倍人見知りで内気だったので、玄関のチャイムは鳴らせなかった。たまたま外に出てきた友達の親に見つかり、家に入れてもらってその子とドンキーコング3をして遊んだ記憶、あとで親から、「どうやって友達の家まで行ったの?」と訊かれた記憶、当時は親に対しても緊張してしまうくらいの子供だったのでまともに受け答えができなかったことを今でも思い出す。大好きになった子に異常なまでの執着をしてしまう話にはいつもオチがある。どんな理由かは知らないけれど、私がとことん好きになって、四六時中一緒にいたいと思うような子に限って親の都合で引っ越して行くのだ。別れはいつも突然で、幼稚園に彼が来なくなったなと思ったら、あとで親から、「あの子は引っ越したんだって」と知らされるのが往々にしてあった。それが一人や二人だったらそこまで不思議には思わなかったけれど、おそらく十人近くの親しくしていた子が私の前から姿を消していった。もうその子のことしか考えられない、くらいなまでになっていた私は当然悲しくなるけれど、いつもすぐに、親しくなる相手が目の前に現れて、その子と四六時中遊んでいたら引っ越したこの子を思い出さなくなっている私は少々冷淡な子供だったのだろう。でも親しくしているその子もまた引っ越して、それを何度も何度も繰り返していると、私はなにかしらの運命を背負わされているのではないかと不安になった。高校生になったら友達という概念が消失したので、そういったことに悩まされることがなくなった。けれど、友達が少ないながらも出来て、お昼ご飯を一緒に食べたり、好きなバンドについて話せるような相手がいて、そこそこ楽しい高校生活を送っていると思ったらその子は学校に来なくなって、退学した。クラスメイトに苛められているわけではなさそうだったので、多分心が弱かったか、高校で無駄な時間を過ごすよりもしたいことがあったのだろう。彼らは突然消えるので、どうしてその選択を取ったのかは聞けずじまいだった。
 

 

話が逸れたのでもとに戻す。私は恋人とウェットな関係を望んでいるのだろうか。ということを考えようと思っていたら、今日の労働のことをふと思い出した。他部署に提出しなくちゃいけない書類があったのだが、諸事情で提出するのがだいぶ遅くなった。きちんとした言い訳はあるが、ここでは省く。申し訳ない、という顔で他部署の後輩に書類を渡した。「ああ、そうですか」といった口調だったが、ちょっと時間を置いて私の所にやってきた。「この書類が遅れたのって、(私)さんの怠慢ですよね」と睨みつけられた。人に憎悪を向けられることが最近の人生ではなかったので(そもそも人との触れ合いがない)、軽く泣きそうになった。「次はないですよ」と冷たく言い放って彼女はすたすたと去っていったが、そのあとはどきどきして目の前の仕事に集中することができなかった。怖い人間が死ぬほど嫌だったことを思い出した。最近はそういった人間と接する機会がないので(そもそも人との触れ合いがない)すっかり忘れていたけれど、強い口調だとか、相手のことを慮らない考えだとか、自分本位の生き方だとか、そういったものが死ぬほど嫌いで、そんなものを浴びたくないので一人で生きている節があることを思い出した。そのことを考慮して現在付き合っている彼女のことを振り返ってみると、彼女のことを「怖い」と感じる瞬間は今のところ一切ない。まだ猫をかぶっている可能性は大いにあるのだけれど、でも飲食店に行った際の店員さんへの振る舞いだとか、ご飯の食べ方だとか、話しているときの柔和さだとか、そういうぶぶんで彼女の行動を嫌だと思ったことが一度もないことを思い出した。いつぞやの電話で、「私は優しいし、怒ることなんて滅多にないよ」と自分で言っていた。それを自分で言うのはどうなんだろうとは思うけれど、その優しい声に包まれていると、多分、彼女は優しい、というか人に対して興味がそこまでないから、あっさりしているというか、そういった人間なのかもしれない。私の偏見だけれど、四六時中いちゃいちゃしていたいと願うような女性は精神的に不安定なことが多く、誰かに依存していないと精神の安寧を保っていられないのではないだろうか。そういった女性と付き合いは序盤は楽しいと感じるかもしれないけれど、交際期間が長くなっていくにつれて、どんどんとそのいちゃいちゃを鬱陶しく感じるようになり、彼女の構って構ってを無碍にしていたら、「何でそんな風に振る舞うの涙」と面倒なことに巻き込まれて、めんどくせえなと思うかもしれない。極端な考えかもしれないけれど、いちゃいちゃを満喫したいならその後の人生でも背負わなければいけない重たいものがあるだろうし、一切のいちゃいちゃを我慢してあっさりした性格を受け入れることができたら、結婚しても彼女と一緒にいることはそこまで苦になることはないだろう。冷静になって考えてみると、前の彼女とのいちゃいちゃはそんなに続いたわけではなく、逆にいちゃいちゃしなくなってからが本当の交際だった。彼女は時にいちゃいちゃを求めてきたことがあったが、その頃には当時の彼女といちゃいちゃをしたいと思えなくて、構って構ってアピールが鬱陶しかった。

 

 

 

「暇が私を良くない考えに導いている」
暇だから彼女の事を考えて気が滅入るのだ。忙しくしよう、する。

 

 

 

「精神的に自立した人が私にとって最良のパートナーかもしれない」
街を歩いてて、号泣した彼女を宥めている彼氏を見て、そんなことを思った。
 
 
別に耳をそばだてていたわけではないが、その彼女が泣いている理由は、「次に彼氏に会えるのが一週間後で辛い」というものだった。「私は、ひっく、◯◯くんのことが大好きなのに、ひっく、どうして次に会えるのが、ひっく、一週間後じゃないといけないの?私は毎日だって◯◯くんに会いたいのに。うーー」と泣き、それを聞いた私は(めんどくさ)と呆れ果ててしまった。こういう人間が世の中にいるということを私はすっかり忘れてしまっていた。
 
 
私は強い精神力を持ち合わせた人間ではない。普段は何気ない感じでやっているけれど、日常に悪意が紛れ込むと、急に生きることが億劫になってしまう。「こんなにしんどいんだったら、もういっそのこと終わらせてしまってもいいんじゃないの?」とさえ思えてくる。そんな風に悩んでしまうように心が弱いけれど、安定剤を飲んだり、全力で趣味を楽しんだりして生きることの無意味さから逃げている。

 

 

 

「■」
彼女との過去のLINEは読み返さないようにしている。彼女の言葉を読み返すと、彼女に会いたくなるから。

 

 


「■」
彼女から連絡が2日来なくて、生きているかどうか気になって、「生きてる?」と連絡するのは甘えかな。

 

 

 

「彼女との電話(何気ない会話が一番幸せ)」
昨日の夜、彼女と最近全然会話していない事実を思い出して急に物悲しくなり、「明日は休みなの」という彼女の言葉を数少ないやり取りから目聡く見つけ、「明日電話出来たりするかな?」とメッセージを送ったのが昨日の夜11時。それから今日の夕方までずっとそわそわしていた。彼女は今日は休みで、平日の休みはひとりでのんびりと過ごすことが多いので、今日はとっくに起きているはずなのに、私のメッセージに対して返信がないのはどうしてだろう。いやいやいやいやいや、彼女は返信が遅い子だったのを忘れたのか。付き合い始めの頃から、夜にメッセージを送ったら次の日の夜にメッセージが来るような、のんびりとした時間軸で生きている子じゃなかったか。焦るな。私の事を嫌いになったから返信を渋っているわけではない。そもそもコミュニケーションをまともに取っていないのだから、彼女に嫌われるも何もないだろう。でも、と妄想が始まる。彼女は本当は恋人と密なコミュニケーションを取りたいと思っているのではないか。でもそれを前面に押し出すのは恥ずかしいと思ってて、「私はさっぱりしているの」というポーズを取っているだけ。そんなポーズを取っているけれど、本当は恋人といちゃいちゃしたり、寝落ちするまで電話してたいの。どうして私の心の声に気づいてくれないの。ねえ、ねえ!というのは完全なる私の妄想で、そんな妄想が現実である確率はほぼゼロである。ゼロであると断言できるのは、彼女はポーズでもなんでもなく本当にさっぱりしている、それはデートの最中の振る舞いや、電話で話しているときの会話の進め方で一目瞭然である。そんなわけで、多分、彼女に嫌われてて返信が来ていないというのは見当違いの考えで、単純にメッセージを返すのが面倒なだけだろう、多分。
 
 
ニゾンの情報で頭がおかしくなっていた19時過ぎ、スマホが元気よく音を発した。「電話、オッケーです(オッケーの絵文字)」やったー、と思うと同時に、久しぶりに転がり込んできた彼女とのコミュニケーションのチャンス、何を話そうかと頭を悩ます。暇な時間があると、「こんなことを今度話したいな」という考えをしてて、幾つか会話の話題のストックはある。でも、久しぶりの会話でそれを振るのはどうなんだろう、もうちょっとくだけた話題をしたほうが彼女ものっかってくれるのではないかな。そんなことをああでもないこうでもない、と考えていたら、「電話、大丈夫だよ」というメッセージが来た。今通話ボタンを押したら彼女のスマホと繋がって、会話ができるんだ。そう思うと急に緊張して来て、3週間ぶりだろうか、もっとかな、そんなに間が空いたことが急に恥ずかしくなってしまい、何を話せばいいのだろう、どうしようどうしようと焦る。でも焦っている時間はない。スマホの向こう側で彼女が待っているのだから。意を決して、通話ボタンを押す。一回目のコールで彼女が出る。

 

「もしもし、こんばんは」「もしもし、こんばんは」

 
彼女の可愛い声が私の耳をくすぐって、もうこの声を聴けただけで私は満足じゃ、これ以上を求めるのは贅沢ではないのかと思う。久しぶりの彼女の声に、頭がどうにかしてしまったようだ。そんな蕩けた頭でも、彼女の声がだいぶ掠れていることに気づいた。「あれ、◯◯ちゃん、風邪でも引いてるの?」彼女は風邪を引いたばかりだった。職場では◯◯という風邪が流行ってて、それに恐らく感染したのではないかとのこと。熱はないからそこまでしんどくはないんだけれど、ずーっと軽く気持ち悪くて、声は掠れているから、今日はずっとのんびりしてた。朝は5時30分に一度起きてすぐに寝て、8時に完全に起きた。そこからね、ちょっと散歩したの。来週から雨がずっと続く感じじゃない。だから今のうちに太陽を堪能しておこうと思ってね。散歩したいと思ったのは(私)さんの影響もあるのかな。でね、近所をあてもなく散歩してたら、すっごく落ち着いた気分になったの。職場はずっと忙しくて、みんな殺気立っていて、落ち着く時間が全然ないの。だから久しぶりに一人でのんびりと散歩してたらすっごく落ち着いてね、なんだか涙が出ちゃったの。でも風邪で頭がぼおっとしてたから、散歩したのはほんの30分くらいなんだけれどね。
 
 
掠れた声でそんな話を聞いた私は、たまらなくなって今すぐ彼女のもとに駆けつけたくなった。しかし明日は彼女は仕事で、早く寝ないといけないから、そんなことをしてしまうのは彼女の迷惑になるのは明らかだった。そもそも、今彼女のもとに駆けつけたところで、私に何ができるのだろうか。風邪薬を買ってきて、喉を癒してくれる喉飴を買って、栄養のある食べ物や飲み物を買って、あとは苦しそうに横たわっている彼女の背中をさすることくらいしかできないだろう。でも彼女はそんなことをされるよりも早く寝てしまいたいだろうから、私のそれは単なるお節介で、自己満足なのだった。

 

「なんかごめんね。付き合ってからずっと私、病気がちな気がする。完全に健康体だったことなんて、多分一度もなかったような気がする」


 
彼女を苦しめるようなものをこの世界から排除したい気分でいっぱいになった。そうすることで私の大切な何かが削り取られるとしても、それでも私は彼女が少しでも健康でいてくれたらどれほど幸せなことだろうと思う。ちょっと勇気を振り絞って彼女に聞いてみた。

 

「一人暮らしでさ、病気で弱っている時って、人肌が恋しくならない?」


 
普段は仕事以外の時間はできる限り一人でのんびりしていたいんだけどね、今の職場に勤めて一年目かな。風邪があまりにも酷くてね、病院に行って先生に診てもらったの。その時にすっごく気持ち悪くなってね、ちょっと戻しちゃったの。そうしたら先生が、「一人暮らしなの?一人暮らしで病気だとしんどいよね。ちゃんと栄養のあるものは食べられているの?」と優しく話しかけてくれて、背中を優しくさすってくれて。その時すっごく嬉しくてね。あれ、なんで私泣いているんだろう?
 
 
私がその時に彼女と付き合っていたとして、その時の私は彼女の支えになれただろうかと少しだけ考える。私は恐らく無力で、彼女は心から気を許してはいないだろう。それは今日の会話の節々で感じた。まだ彼女が私と一定の距離を取っていること。でもその距離は少しずつ縮めていければいいなと思う。いつか彼女が私に気を許してくれたとき、彼女の支えになれたらとても嬉しい。辛い時、しんどい時に私のことを思い出してくれて、すぐに電話をかけてくれるような、私は直接的な言葉で彼女のことを励ますことはできないかもしれないけれど、あなたの話なら何時間でも聞くから。話し過ぎて声が枯れてしまったら、その時は何も話さないで、一緒の空間にいて、それが彼女の支えになってくれたらいいのに。そんなことを考えるのは傲慢かな?
 
 
風邪のことがあるのであまり長電話になるのは申し訳ない、と思いつつも、久しぶりに彼女と話すので私は平静を保っていられなくなった。彼女は終始落ち着いた雰囲気だった、久しぶりの私との会話は友達との会話と同列のものなのだろうか、私の存在は彼女にとっては特別でもなんでもないのだろうか。いつだっただろうか、私が少々突っ込んだことを聞くと、「仕事も友達も、もちろん(私)さんも、全部同じくらい大切なの」と教えてくれた。ちょっぴり寂しくなった。
 

 


「冷めて(醒めて)いるのかもしれない」
彼女は私と一緒に居る時、楽しいと思ってくれているのかな。私は彼女と一緒に居る時、楽しいと思えているのかな。

 

 


「未来のない恋愛に縋りつくほど虚しいことはない」
ほんとくだらない。

 

 


「甘やかされたい人生だった」
私の機嫌は私で取るしかない現状、たまに虚しくなる。

 

 


 「■」

人一人泣いても無くならない今日がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後悔なんてしてないよ。こんな恋愛しなければよかったなんて思っていないよ。いつかこの悩んだ日々が報われるような、素敵な日々が訪れますように......。