眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

一人でもよかったんだ。

先週別れた彼女との思い出を過去にできたと思っていたけれど、それは思い込んでいただけで、まだ過去にはできていなかった。マッチングアプリでたくさんの女性とメッセージを交わし、そのことが今になって急に虚しくなった。最初の頃は失恋を忘れるんだっていう気持ちでたくさんの人にいいねを送り、いいねが返ってきたら無邪気に喜んでいた。何人かの女性とたくさんやりとりをしていくうちに、今度電話しましょう、今度実際に会ってお茶しましょうという風になって、昨日、一人の女性と会って話した。その人と話して、私は人と接する事はとてつもなく体力の要るものだと思い出した。

 

 

虚しい気持ちになって、それがずっと私の中で燻ってて、それが今日の仕事の時にどうにもうまく発散できなくて、仕事中に悲しい気持ちになった。どうして悲しくなったのか、どうしてこんなに胸が締め付けられるのか、それはよくわからなかったし、それは電車に乗っててもよくわからなかった。無性に何かを壊したい欲求に駆られ、これはまずいと思い、急いで家に帰った。無性にビールが飲みたかった。無性にビールが飲みたいときは私の精神が危ない時。でも誰も止めてくれないので、私は冷蔵庫に冷やしてあった缶ビールをほぼほぼ一気飲みで飲んだ。私の中の押し殺していた気持ちが一気に破裂して、悲しさ虚しさ憤りその他たくさんの感情がごちゃまぜになって、よくわかんない気分になった。どうしたらいい、どうしたらいいのだろう。そればっかりを心の中でつぶやいて、それでも答えは出ず、お風呂に入りシャワーを浴び、それで少しは気持ちが落ち着くかと思ったけれど、落ち着く事はなく、昨日の残りのキムチ鍋に豆腐とキムチを追加してそれを夢中になって食べて、お腹がいっぱいになって急に全てがどうでもよくなって、なんで生きているのか、なんで明日が来るのか、なんで今日まで生きてきたのかがわかんなかった。わかりたくなかったし、そんなもん多分わからないだろう。わかる必要もない。そんなこと誰もわかってないんじゃないか。

 

 

私はどうしようもなく一人だった。東京で私はずっと一人で生きてきた。誰か友達ができるわけでもなく、一生を共にできるような恋人ができるわけでもなく、私はただ一人で、一人で何をしていたんだろう。悲しさはもうないというか、なんだろう、全てを出し尽くした後の爽快感、それまではいかないけど、全てが終わった。そしてもう何かが始まる事は無い。そんなどうしようもない気分で、それをどうしようもないと決めつけるのは簡単かもしれないけれど、本当はそれはどうしようもないわけでもなくて、ちゃんとケリをつけなくちゃいけない気分だった気がする。ずっと押し殺していた彼女に対する気持ち、私はまだ彼女のことが好きだった。彼女ときちんとお別れができていないのが本当に悲しい。悲しいっていうか、もうこれはどうしたらいいんだろうね。彼女はもう私の事なんてすっかり忘れてしまっているかもしれないけれど、私は、私だって忘れたつもりでいたけれど、本当はそんなことなくて、忘れたなんて強がりで、今だって私は彼女のことが好きだし、彼女から復縁を迫られたらすぐにオーケーを出すだろう。そんなことはない、そんな世界線に私はいないので、ただ一人でこの孤独を噛み締めるしかない。

 

 

彼女を忘れるためには新しい恋をしたほうがいいと思い、別れてすぐマッチングアプリを始めて、で、いい感じの人がいて、でもその人といつ会えるのかはまだ未定で、その人は仕事が忙しくて。だからこそ、いやだからこそではなくなんだろう。今は誰かにものすごく甘えたい気分で、それは親でもなく、兄弟でもなく、友達でもなく、恋人なんだと思う。恋人は私にはいない。私に恋人がいた時があったんだろうか。私はどうして椅子に座ってこんなことを書いているのだろうか。もはや生きているとか死んでいるとか、そういうのもよくわかんなくて、まだ彼女のことが忘れられない自分がいて、それがすごく情けないと一週間前の私は思っていたけれど、別にそれは情けなくなんかなくて、本当に好きだったんじゃないのかなと思う。本当に好きだったから、一週間とかそんなんで彼女のことを忘れられなくて、今だって彼女のことを考える時間が一日のうちにどれくらいあるだろう。まだ私は彼女のことを忘れられないし、別にそれでいいと思った。いいんじゃないかな。

 

 

もう誰かに責められたくないし、いや誰かに責められたわけでもないけれど、私は、私が勝手に責めていた。別に結婚したからといって幸せになるわけじゃないし、独身だからといって不幸になるわけでもない。子供ができたからってそれで私の人生が劇的にハッピーになるわけでもない。そこには可能性しかないし、不安定な未来だけが残されている。悲しさばかり募っててもどうせ同じ事しか考えない。同じことを考えられる自分は虚しい生き物で、でも虚しいってなんだろうね。私は、私はなんでこんな悲しみを抱えて生きているの、生きていくの、生きていかなくちゃいけないの。恋人がいない時はずっと一人でいるもんだと、一人でいるのがとても気楽で、誰かのことで気に病むことはなかった。それがとても居心地の良いものだとはすっかり忘れていた。誰かを好きになるとそれはいつか苦しみに変わる。恋愛はいつか終わってしまう。どちらが終わらせたかで、どちらがその苦しみを背負うのかが決まる。そんなの今ここで書いたところで何も変わる事は無い。彼女は新しい人生を生きているかもしれないし、私を振ったことに対して後ろめたさを感じているかもしれない。そんなのもうどうなっているのかは、私にはわからない。

 

 

私はどうしようもなくなって、自分の携帯から彼女の電話番号を入力し、発信した。10回目のコール、「おかけになった電話は現在、電波の届かない所にいるか電源が入っておりません」と無機質な声が答えた。もう忘れよう、いや忘れられない、忘れられないからこそ、今、急に虚しくなって、悲しくなって、苛立ちがあって、どうでもよくなって、それでもまだ明日は来るし、来週も来るし、来年も来て欲しいと思った。

 

 

さっきまで私は、もうこのまま消えてもいいのかな、いいなと思った。そう思った自分も別に否定はしない。苦しんだ末の答えがそれなら別にそれでいいと思う。でも私は贅沢かもしれないけれど、多分贅沢だけど幸せになりたいと思うし、それは一人じゃなくて、誰かと一緒にいての幸せになりたい。涙とかそんなんで悲しみを簡単に表現してしまうのが悲しい。悲しいのかどうか、もはやバグってしまった頭では、自分がどんな感情を持っているのかよくわからない。ぼーっとした頭、ビールを飲んだ頭、アルコールで正常な働きができなくなった頭で、私は何を考えたらいいのかわかんないし、何を考えてもいいんだと思う。死ね。死にたいって気持ちもそれはそれで大切だと思うし、生きたいって気持ちもそれはそれで大切だし。生きるってことは死ぬことで、死ぬってことは生きること。私はまだ一人で生きていくのかな。それはそれで別に良いとか悪いとかそういった次元の話ではない。私は一人でまだ生きていたほうがいいのかもしれない。新しい恋にうつつを抜かすにはまだ早かったのかもしれない。一人で失恋の悲しみをじっくりと味わって、味わい尽くして、もうこれ以上噛み締められない。そういったところまで行ったところで、次の恋はできるかもしれないし、もう恋はしたくないと思うかもしれない。どう思ったとしてもそれは正解で、私が思った選択が正解で、誰かにそれを否定されたくないし、別に一人で生きてもいいと思った。

 

 

一人でもよかったんだ。