眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2021年6月21日(月)

昨日も深夜2時過ぎまでうだうだして寝られず、そんなわけで朝はとても眠たくて、仕事に行く元気などなかった。スマホを見て、彼女から連絡が来ていないことを確認し、彼女はもしかしたら私の妄想だったのかもしれない、2月後半からの記憶は全部、私の頭が勝手に作り出した妄想に過ぎなかったんじゃないか、と思う。そういう風に考えると、昨日までの胸を締め付けらるような苦しみから逃れられ、もう彼女のことでああだこうだと悩む必要はないのだ、と思うとふっと体が軽くなって、もしかしたら私には恋人という存在は必要ないのかもしれなかった。私は私のことで精一杯なので、プラス恋人のことで頭を悩ませられるほど器用な人間ではなかった。もういい、一人で生きよう、今までうまくいかない彼女との恋愛で苦悩していた時間を全て読書、ドラマ、映画、音楽に費やす。浴びるように活字を読んで、気が狂うほどにドラマを観てやる。そう思うと、今までの苦しみは経験としては必要だったのかもしれないけれど、もう苦しむ必要はない、自分の好きなように生きればいいのだと思う。他人という、不確かな存在に私の貴重な時間を費やせるほど、私は他人との交流に価値を見出せないし、人生はそんな長いものではなかった。一生独身か。そんな考えが私の頭に浮かんで、すーっと溶け込んでいくようだった。

 


昨日で緊急事態宣言は終わり、今日から蔓延延防止等重点措置が取られることになった。気のせいだろうか、先週の月曜日よりも電車の乗車率が高く感じられるのは。隣の人間と時折体が接触する気持ち悪さに耐えながら、電車が会社の最寄り駅まで着くのをじっと待つ。今週の金曜日にライブが控えているw.o.d.を聴き、今日が素敵な一日になればいいなと願う。会社は少しだけ閑散としていた。先週、忌引きで一人休んでいたが、今週も忌引きで一人休んでいる。この季節は人間の調子が悪くなるのかもしれない。仕事が始まり、単純作業をカタカタやっていると、昨日まで悩んでいた彼女のことを忘れられ、もういっそこのままずっとカタカタしていたい気分だった。今日が在宅勤務でなくてよかった。一人で家にいたら、たぶん気が滅入って大変なことになってしまっただろう。彼女はもう存在しないもとしたほうが、私の精神は楽になった。もう連絡が来なければいい、いっそのことLINEのアカウントを消してしまおうか。LINEで頻繁にやり取りしているのは家族くらいなので、この機会にLINE自体の利用をやめてしまってもいいのかもしれない。他人のとコミュニケーションでこれ以上頭を悩ませることに、価値を見いだせない。もっと器用に生きられる人間だったら、少しは楽になれたかな。

 


カタカタしているとあっという間に時間が過ぎていき、気付いたらお昼休みになっていた。悲嘆に暮れていてもお腹は空く。弁当と呼ぶには所在無い食べ物を食べる。今日は久しぶりに豚肉の塊、ベーコンのようなものを弁当に詰めていたので、若干テンションは高かった。無機質な肉を齧りながら、どうしても頭は彼女のことを考えてしまう。一番心配しているのは、彼女が何かしらの事件に巻き込まれいるせいで、連絡が返ってきていないということ。共通の知人がいないから、彼女が無事に生きているかどうかを確かめる術はLINEしかないのが非常に心許ない。それとも私の不用意な発言に苛立ちを覚え、こんな人とは関わりたくないと決め、連絡を絶ったのかもしれない。そんな不用意な発言だったのかな。でも、別にこのタイミングでする必要のある発言ではなかったな。ああ、なんであんなメッセージを送ってしまったんだろうか。馬鹿だな、私は本当に馬鹿だな。眠たいはずなのに、彼女のことを考えて頭がぽーっとしていたし、Amazonプライムデーをぶらぶらしていたので、午睡は取らなかった。気付いたら昼休みが終わっていた。

 


午後も非常にまったりした時間が続く。私にあれこれ、不愉快なことを押し付けてくる人間がいない、今の状況は非常に良いものなのだろう。数時間仕事をしてから、新型コロナワクチンの職域接種を受ける。ワクチンを接種するかどうか、ぎりぎりまで悩んだ。1年で開発したワクチンは安全なのかどうか、素人の私には判断がつかなかった。しかし、ワクチンの副反応で受ける被害よりも、新型コロナに感染した際の影響の方が大きいと鑑みて、ワクチンを接種することにした。ワクチン接種は会社の大ホールみたいなところで行われ、事前に準備した書類を提出し、呆気なく注射をうたれた。インフルエンザワクチンの注射よりも若干痛いように感じたが、あっという間に終わったので、あっけなさが茫漠と広がった。職場に戻り、次回予約(1か月後)を行って、仕事に戻る。注射をうたれた方の腕に鈍い痛みが慢性的に走るが、これくらいの痛みはどんな注射でも感じるような気がしているので、気にしないようにする。定時になり、することがなかったのでそそくさと退社した。

 


家に帰る途中、近所の神社に行った。彼女との不安定な現状を神様に救ってほしくて、神様に状況が好転するようにお願いした。神様に縋るなんてだいぶ追い込まれているんだな、と神社を後にしてから気付いた。家に帰って、いつもと同じような夕飯を済ませ、だらだらとネットを見ていた。こういう時はあまりネットの世界に浸らないほうがいいのだとは分かっているんだけれど、どうしてもネットに縋ってしまう。「恋人 音信不通」で検索して、同じような境遇の人がどんな風に問題と向き合っているのかを確認する。大半の人が残念な結果に終わっているのを知ると、余計に不安になってくる。でも、もうなるようにしかならんだろ、という諦観が広がっている。私がどうこうあがいたところで、彼女の意志は既に決まっているのかもしれない。でも、音信不通で恋人関係の自然消滅を図るような、そんな女性ではないと思っているので、何かしらの連絡が来るのではないか、それが良いのか悪いのかは分からないし分かりたくもないのだけれど、と項垂れていた。本を読む元気はなく、音楽を聴いて気を紛らわせていた。時刻は21時を過ぎ、そろそろ彼女が寝る時間だろうか、と思ってスマホを何の気なしに眺めたら、LINEのアイコンに通知のマークが付与されていた。昨日から企業の公式アカウントの通知に散々翻弄されていたので、あまり期待しないでLINEを開いた。彼女から連絡が来ていた......。

 


私が送った厄介なLINEに対し、彼女は返信をしっかりと考えていた。

 

 

「返信が遅れちゃってごめんね。もうちょっといろいろ考えてみたいから、考えがまとまったら連絡します」

 


軽率な自分の行動を恨み、面倒な絡みに対しても真摯に対応してくれる彼女は本当に素敵な女性なんだと実感した。私は今まで彼女に対し、ご飯を奢る奢らないだとか、2週間に一度しか会えないのは寂しいだとか、LINEのやり取りが少なくて本当に付き合っているのか分からないだとか、電話をもっとしたいだとか、ああだこうだと難癖をつけていたけれど、そんな難癖は些末なもので、彼女と一緒にいられるのであるならばそんなことははっきり言えばどうでもいいことだった。私はこれからも彼女と一緒に過ごしたいし、たくさんお話しして彼女のことをもっと知りたい。ご飯なんてなんだって奢るし、2週に一度しか会えなくても構わないし(むしろそれくらいの頻度の方が、会ったときの感動はひとしおだと考えられるようになった)、LINEや電話も今のままでも十分いい、むしろ連絡を頻繁に取らないからこそ、彼女のことをしっかりと考える時間が出来ると思う。毎日のように連絡を取ることはそれはそれでいいのかもしれないけれど、あまり密なコミュニケーションを取りすぎてしまうとお互いに疲弊してしまうし、次第に近すぎる距離に辟易するかもしれない。だから、私は今の距離感で彼女と付き合えれば、それだけで幸せなんだ、とようやく思えた。

 


ただ、この3カ月の私との付き合いで彼女がどのように感じているかは分からない。そこに「(私)さんと一緒にいて楽しい」という感情はあるだろうか。「とりあえず付き合ってみたけれど、どきどきなんてないし、いつも退屈な話しか振ってこないし、そろそろ潮時かな」なんて考えている、とは到底思えない。この3カ月で彼女の純粋な優しさに痛いほどたくさん気付いたし、行動の端々に溢れている無垢な感情に何度励まされたことか。そんなことをぐちゃぐちゃの頭で考えてて、今すぐに私の気持ちを彼女に伝えたいと思った。会っているときの会話やLINEでは愛情表現を素直にしていなかったので、彼女は私からそこまで好かれていない、という的外れな感想を抱いているかもしれない。それはあまりにも悲しすぎる、自分の気持ちを知って欲しい、でもそれは私のエゴで、興味のない他人から押し付けられる本音ほど鬱陶しいものはないだろう。それでも指をくわえてじっと待っていることなどできなかった。彼女は既に眠っているし、もし明日の夜に電話をしても出ない可能性が濃厚なので、自分が彼女に対して抱いている感情を文章になんとか変換して、それを送った。数分後にその文章を見返して、あまりの身勝手さに文章を送ったことを後悔した。その長文の文章、彼女と一緒にいられることがとても幸せで、素の自分で彼女といられるのが本当に心地良くて、これからもずっと一緒にいたい、あなたのことが大好きです、と、最近の中学生すら書かないような、恥を顧みずにまっすぐすぎる気持ちを込めた。この文章を彼女が読んで、「うわ、めんどくさ」と思うのか、「そんなに想っててくれてたんだ」となるのか。どちらに転ぶのかは分からない。分からないけれど、自分の気持ちを伝えないで、感情のすれ違いで彼女と別れることになったらそれこそ死ぬほど後悔するだろうから、最終的にはこのようなことを彼女に伝えていただろう。もう後悔はしない。この間見た演劇を思い出したのだけれど、人生に選択肢などはない、あっちを選んでいればよかった、こっちを選んでいればよかったといった「もしも」など存在しない、一筆書きの人生しか存在しないんだよ、ということを思い出した。

 


上記のようなことをして、感情が昂ってしまったので、頭を冷やすためにぼーっとしていたら午前1時を過ぎていて、眠たかったので目を瞑ったら眠りに就いた。すぐに返信が来るとは思っていません。ゆっくり考えて、あなたの考えを聞かせてください。彼女の考えを聞けるだけでも、私は十分に幸せなんだろうな。

 

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3,223歩