眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

彼女はノンセクシャルだった。そして振られた。-中編-

bigpopmonster.hatenadiary.jp

 

 

彼女から届いたLINEを読んで、私はどうしようもない悲しい気持ちに包まれた。

 

 

最初は「価値観の違い」で別れようと思っていたが、私がすごくいい人だから本当のことを教えてくれた。彼女はノンセクシャルだった。言葉は聞いたことはあるが、具体的には知らなかった。彼女の説明によると、異性に対して恋愛感情はわくけれど、性的感情は抱かない、セクシャルマイノリティを表す「LGBTQ+」の一つなのだそうだ。

 

 

彼女がいつから自分がノンセクシャルということに気づいたのかはその文面からは推し量れなかったが、今まで付き合っていた恋人ともノンセクシャルが理由で別れたとのことだった。それでもマッチングアプリに登録して私と会ったのは、自分がまだ本当に好きな人に出会えていないだけで、本当に好きな人とは性的行為に対して抵抗がなくなるのではないか、と期待したからだった。私と実際に会って話して、私の人柄を好きになってくれて、この人となら...って思って付き合った。しかし、やっぱり無理で、私の事は好きなんだけれど、性的行為の事を想像しただけで吐き気がする。私だから別れたんじゃない。自分がマイノリティなのが悪いの。ごめんなさい。さようなら。

 

 

私にはどうすることも出来なかった。この文章を夜遅くまで考えて書いて、私に送るにはものすごい勇気が必要だったと思う。でも彼女は最後まで私に対して誠実でありたいと思ったから、怯むことなく文章を送ってくれたのだ。そんな彼女の心境を思うと、自然と涙が零れてきた。この涙はもう彼女と会えないんだという寂しさと、なんで彼女がそんな辛い目に遭わなければいけないんだというもどかしさから流れたものだった。

 

 

何か私に出来ないだろうか。何でもいい。少しでも彼女の支えになれるようなことができないだろうか。眠たい体を必死になって起こしながら、自分が出来そうなことを足りない頭で夢中になって考えた。会うことは出来ない。だから文章でなんとか伝えるしかない。でもそんな大切な文章をLINEなんかで送って、彼女の心が楽になるのだろうか(この辺りで正常な思考ができていなかったようです)。どのようなことを書けば彼女の心が楽になるのかをスマホのメモ帳にがしがし書きこんだ。

 

 

・4カ月しか付き合いがない私に、自分の大切なことを教えてくれてありがとう

 

・私があなたに一番伝えたいのは、「私はあなたとこれからも一緒にいたい」ということ

 

・あなたといる時間は本当に素敵で、あなたといられるならどんな困難でも乗り越えられるんじゃないかと考えている

 

・不躾なLINEを送ってしまったばっかりにあなたを苦しめてしまって、本当にごめんなさい

 

・でもこのLINEを送ったことであなたの本音を知れたので、これはこれでよかったのかもしれません

 

・あなたがノンセクシャルだからと言って、私はあなたと別れたいとは思っていません

 

・性的行為がしたくないわけではないけれど、あなたといられるのならそんなことはしなくてもいい。たくさんお話しして、美味しいものをたくさん食べて、いろんなところに行って、それで私は幸せだと思う

 

・あなたのなかに少しでも私に対する気持ちが残っているなら、もう少し付き合ってみませんか

 

・もう少し付き合ってみて、それでもしんどさが続くようだったら、その時に別れませんか

 

・あなたのことを好き過ぎて、それを伝え過ぎてしまったんだと思う

 

・会う頻度で以前我儘を言ったけれど、あなたのペースに合わせます

 

・この文章を読んでも別れたい、どうしても別れたいなら私は諦めます

 

・でも最後に会って話がしたいです

 

・文章だけだと寂しいので、最後にあなたの顔を見て、きちんとお別れがしたいです

 

 

今読み返してみるとなかなかにしんどい内容の文章で、でもだからこそこの文章を書いて私の心は少しだけ落ち着いたんだと思う。この時の私は、この文章を読むことで彼女の心がちょっとでも楽になると勘違いしていた。この文章、よくよく読み返すと私のエゴを無理矢理彼女に押し付けている最低な駄文で、彼女の事を慮っているように見せかけて、その実私はあなたにこんなことをされてしんどいんですよ、と受け取れなくないだろうか。いや、もう客観的にこの文章を読めなくなっているので、この文章を読んで彼女がどのように思ってくれるのかはもう今となっては分からない。この手紙を読んでくれたのかすら分からない。

 

 

手紙を書き終えたのは午前3時過ぎ。頭がどうにかなってしまっていたのもしょうがないだろう。手紙を書いた私は無謀にも、彼女にこの手紙を渡すつもりでいた。今の冷静な頭で考えたらそんなものは迷惑極まりない行為で、今の私があのときの私に声を掛けることができるのならば、「もう彼女のことは忘れろ。それがお前のためだし、彼女のためでもあるんだよ」と必死になって伝えるだろう。でもあの時の私は、この手紙を彼女が読むことで、私と別れることを思いとどまってくれるのではないかと淡い期待を抱いていた。ああ、救いようのない本当の馬鹿だな!

 

 

彼女と別れるという事実、そしてこんな手紙を書いたことによる興奮、眠たさで頭がどうにかなってしまいそうだったのに、いやだからこそ頭は変に覚醒していて、なかなか寝付くことができなかった。1時間くらい布団の中でうだうだしていただろうか。それでも疲れがだいぶ溜まっていたのだろう。気づくと眠りに落ちていた。

 

 

次の日はそこまで早く起きる必要はないのに、午前7時には目が覚めていた。もちろん眠たい。眠たいんだけれど、一刻も早く彼女にこの手紙を読んでほしいと思っていた。それは一秒でも早く自分の心の不安を取り除きたいという、完全なるエゴであった。体がだるかったので、朝ご飯を食べた後も当分はぼーっとしていた。外は晴れていた。気持ちいいくらいに晴れていた。午前10時過ぎにようやく外出する元気を取り戻した私は、鞄に彼女への手紙を入れて家を出た。