眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2021年6月8日(火)

music.apple.com

 

ほぼ一日中、UNISON SQUARE GARDENバージョンの「デジタルスープ」が頭で鳴り響いていた。

 

Oh あなたの言葉は あなたらしくあれ
真実を突き進めば 新しい場所が見える
僕らの言葉は デジタルになるが
まるはだか叫び続け 心から愛を込めて OH YEH!!

 

ここのフレーズがぐさぐさ胸を刺してくるし、メロディーも超絶かっこよくて、心がへたっていた私を支えてくれた。なんでここまでこの曲が鳴り響いていたのか不明。曲を知った当初は「ふ~ん」くらいしか思わなかったし、それはずっとで、でも最近なぜだかこの曲が気になってて、先週くらいに思い出したように聴いたらハマった。かっこよすぎ。なにこれ。ユニコーンというバンドの存在は勿論知っているけれど、彼らの曲は全くと言っていいほど聴いていない。聴いたらハマるかもしれないけれど、今聴いている音楽で充分満足しているから聴かなかった。今日、ここまでぐっとくるとは思わなかった。興奮した。他の曲を頭で想像しても、すぐに「デジタルスープ」に置き換わるのは笑ってしまった。

 

rockinon.com

 

で、再来月にユニコーンがアルバムを出して、ツアーを回るというニュースを思い出す。ふらっとライブに行って、そのかっこよさに惚れ惚れしたい。と思ってサイトに飛んだら、ライブのチケット代が9,500円で諦めた。コロナ禍で半分の観客しか入れられないから仕方ないのだ。心からユニコーンを渇望している人に行って頂きたい。コロナが落ち着いて、チケット代も落ち着いたら行きたいな。まずは音源を聴きこもうか。

 

 

昨日は結局のところ午前3時過ぎに寝たような気がしたので、朝から眠気全開、よくもまあ布団のなかから這い出すことができたと自分を褒めたい。晴れ。まだ東京は梅雨入りしていない。でも外に出るともわっとした空気に包みこまれて、マスクをして外に出ることの危険性を再確認する。この時期、マスクをつけて外に出ることは正気の沙汰ではない。去年の夏の記憶がすっぽり抜けているのは、忘れたいことが山ほどあったからだろう。今年の夏、そして来年の夏も元気に外で遊ぶことはないだろう。炎天下の中、マスクをつけて遊びまわった末に待ち受けているのは体調不良で、懲りずにげえげえとしたくない。今年はもう一切げえげえとしたくないので、出社のため外に出る以外は、ずっと中にいるんじゃないかな。それか屋内でなんとか乗り切るんじゃないかな。そうすると、夏フェスの参加は諦めるかもしれない。ロッキンが2年ぶりに開催されるかもしれないけれど、炎天下の中、マスクをつけて、人がたくさん周りに居て、音楽に興奮して勝手に体が動き出して、そうしたらほぼほぼ熱中症にかかってしまうだろう。私の体は頑丈にできていないので、今年の夏はフェスの参加は諦めよう。そうすれば私の体が不調に陥ることはないだろう。でも、でも大好きなロックバンドがひたちなかに集まるのだとしたら、もしかしたら行ってしまうかもしれない。その時は万全の状態で臨むだろう。マスクはいつもつけている不織布のでなく、冷感マスクみたいなのをつける。そしてステージの近くで観るのは諦めて、日陰の、ステージから離れたところでのんびり観よう。熱中症のしんどさは子どもの頃に飽きるほど痛感しているので、まあそんな感じでやっていこうかな、でもちょっと怖いなといったところ。

 

 

仕事が始まっても眠気が衰えることはなく、ふっと集中力が途切れた時に眠りの世界に引きずり込まれそうになった。危ない危ない、と心の中で呟きながら、目の前の仕事を片付けていく。私が最近取り組んでいる、というかやらされている仕事は本当に単調で、書類のデータをパソコンに読み込ませ、書類のデータとパソコンのデータがイコールになっていることを確認したらそれを外部に出力する、おしまい、という頭を使う要素が一切ない仕事である。この仕事で重要なのは、「いかにして頭を使わないか」で、へたに頭を使うと変なところに意識がいってしまい、しょうもないミスを犯してしまう。そんな単調な作業だが、とにかく物量が多い。一人ではなくて複数の人間でやればいいんじゃないの?と思うけれど、その作業の指揮をしている男は2Lのペットボトルの水をこれみよがしに飲み飲みしているだけなので、わざわざ不平不満を言うのも馬鹿馬鹿しい。私以外にこの作業に携わっている人間は2人いるが、まだ2年目3年目の人で、7年目の私がそれをやらされているのは単純に他にやらせる人がいないからだ。その作業をやらされる前まで、私はのんびりと仕事をしていた。ぎゅっと仕事が押し寄せる時は少しばかりは精神がキリキリしてしまうが、大半の時間はのんびりしていてもこなせる感じで、そののびのびとした時間の流れ方が私は好きだった。今の場所に配属されたての頃は、「暇すぎてしんどい。もっと仕事をくれ」なんて殊勝なことを思っていたが、いざ仕事を与えられると、「私の考えは軽率だった。やっぱり仕事は最低限にしてくれ」という考えに変わった。作業を極めていくにつれて仕事の理解度が深まり、他の業務との関連性を認識できるような仕事だったらよかったのだけれど、やらされている作業は本当に単純作業で、こんなことわざわざそこそこの金を払って雇っている正社員にやらせるのはあまりにも無駄じゃないかと思う。そんなことをぶつぶつ思いながら、それでもコツコツと進めていき、データの入力が終わったところでお昼休みになった。眠かった。一刻も早く、眠気を和らげたかった。持参してきたおにぎりや唐揚げを即座に平らげて、「デジタルスープ」を一度だけ聴いて、あとの時間は眠りに費やした。

 

 

鳩の鳴き声が室内に響いて、午後の仕事が始まった。私の手元には厄介な書類が一枚あった。「この仕訳はどういう意味?教えてちょ」という付箋の貼られた書類、それを鬱陶しく感じながら午前中は仕事をしていたが、午後にその書類の説明を上司にしなければいけないと思うと憂鬱だった。その仕訳が発生したのは外部の人間がミスを犯したためであり、去年の7月くらいからコピーロボットから引き継いだ仕事に携わる外部の人間はミスが多いことで有名だった。「いやいや、ちょっと」が口癖で、「どうしてこんなことになるんですか」とミスを問い詰めると、「それは私にも分からんのですよ」と自分の非を認めないことにイラッとした。こういう人間でも20年以上働き続けられるのか、それは単なる周りの冷たい視線を敏感に感応できる能力が欠如している、つまりはふてぶてしさで心の大半が構築されているのだろう。そんなわけで、外部の人間のミスによって生じた仕訳、それが厄介なのはその仕訳が間違っているということだった。ミスへの対処法がうろ覚えだった私は、おジイさんに助言を仰いだ。「うへえ、ああだこうだ」と、要領を得ない話が40分も続き、こんなことで私の心と体が年老いていくのは本当に嫌だった。結局、おジイさんの対処の仕方は半分だけ合っていて、ほとんど間違っていた。仕訳を立てたあとに、「これ、なに?」という疑問が浮き上がり、空を仰いだ。これは私の手には負えないと思い、コピーロボットに助言を仰いだのが昨日の話。コピーロボットもそこまで要領を得ない感じではあったが、おジイさんに比べるとまだましといったところだった。それで、普段は立たないような仕訳を立てて、それを説明なく上司のボックスに入れておいたら、「教えてちょ」ときたのだ。改めてその仕訳の意味するところをうんうん唸りながら考える。10分ほど考えて、「そういうことか!」と理解して、途端に両肩にのしかかっていた重たい何かがふっと存在を消して、こういう風に説明すれば上司も理解してくれるだろう、と思ったらなんだか今まで深刻に考えていたことが馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 

 

隣の部署の人間は週に1度だけ出社、あとは在宅勤務という体制を取っていて、いつも閑散としていた。わりかし年次の低い女性社員はよく見かけた、それは出社しなければできない仕事、例えば書類整理とか倉庫の掃除とか、そういった仕事を主に担当していたからだ。今日は月の中でもわりかし忙しい時期で、半分くらいは出社していた。件の女性社員も出社していて、隣の、妻子持ちの男と仲良さそうに話をしていた。その妻子持ちの男は、私が隣の部署に所属していた時に、鬱陶しいと感じていた男で、たびたび私の神経を蝕んだ。そのときのことはこのブログに、何年か前に書いたはずだが、読み返すのはあまりにも億劫すぎるし、あの時のことを思い出したら今でも腹が立つので読み返しはしない。私には異様に突っかかってくる男だが、若い女性にはやけに慣れ慣れしい感じで接していて、嬉しそうに自分のことを話している声が聞こえてくると、目の前の単純作業に集中した。その男の話をさも嬉しそうに女性社員は聞いていたが、それがどこまで本心なのかは分からないし、どうでもよかった。

 

 

上司やその他諸々は会議に出ていたので、単純作業は途中で止まってしまった。その間に在宅勤務が続いてできていなかった仕事をどんどんこなしていった。そちらの仕事はまだ意味が見出せる仕事で、こなしているうちにリズムが生まれていった。周りに誰もいなかったら口笛を吹いているところだった。そんな軽快な感じが続いていたが、5日ぶりの出社なので、体はそこそこ疲弊していた。まだ会議は終わっていなかった。ちょっぴり退屈になった私は、のんびりと水を飲みながら、仕事とは関係のないあれやこれを考えていた。上司やその他諸々が会議から戻ってきたので、単純作業の途中の成果物を提出する。彼は慎重派で、そこはおジイさんとは違った。そのせいで成果物のチェックに時間がかかり、定時が過ぎてちょっとしてから成果物のチェックが終わった、次の作業に入ってくれとのことだった。今日はそこまで忙しくないのか、同じ部署の人間は冷めた顔をして次々に退社していった。私と、あとはコポーロボットくらいしか部下は残っていなくて、緊張が生まれるところだが、緊張により急いて事を仕損じてしまったら帰るのが余計に遅くなってしまうので、急ぎつつも慎重に仕事を進めた。ようやく終わったそれを上司に提出し、そのままの勢いで返ろうとしたら、コピーロボットから声がかかった。「BOXに入れてあった、書類の説明って......」「あ、すいません。既に上司に説明済です。事後報告になりすいません」「おう......」すぐに鞄を両肩にかけ、職場を出た。

 

 

外はもわっとした空気に包まれていて、うっかりしたら失神してしまいそうなほどに体はくたくたになっていた。職場の空調が喜ばしくない状態だったからだろうか。職場の空調のリモコンは会社の人間なら誰でも弄れる場所にあり、それは私の席の近くにあるので、ぴこぴことリモコンを操作する音が意識し始めると厄介だった。暑がりが室内の温度を下げる、暫くすると寒がりが室内の温度を上げる、暫くして暑くなると......、の繰り返しで、いっそのこと暑がりは暑がりで、寒がりは寒がりで固まって仕事をすればいいいのに、と思ったけれど、それは差別に当たるのだろうか。まっすぐ家に帰ろうと思ったが、今度の帰省の際に使用する新幹線のチケットを金券ショップで買おうと思って、わざわざ新宿まで来た。新宿の西口、思い出横丁のあたりはざわざわしていたが、歩いている人間と肩が触れ合うまで混んではいなかった。浮浪者や、恵まれない子供のための募金を、と声高に叫ぶ集団は影を潜め、立ち尽くしている50代のおばさんがちらほら目に入ったが、見なかったふりをした。金券ショップをいくつか見て、名古屋⇔東京の新幹線の指定席の相場は9,700円だった。去年の4月、緊急事態宣言が発令されて、戦々恐々としていた時期は5,000円近くまで下がっていたが、今はもうその時のようなぴりぴりした空気は広がっておらず、マスクをつけずに騒ぐ奴はとことん騒ぎ、まだコロナに怯える奴はマスクを二重に重ね、フェイスシールドをつけていた。そんなに怖いなら新宿なんかに来なければいいのに、と思うが、彼らには彼らの事情があるのだろう。他にすることはないし、こんなごみごみしたところにいつまでもいると気分が滅入ってくるので、回数券を買ったらすぐに改札を目指した。

 

 

昨日のうちに次の日の分の買い物も済ませておいたので、スーパーマーケットに寄ることはしないで家に帰った。すぐにシャワーを浴び、白米に卵と納豆をかけた、ザ・一人暮らし飯を飽きずに食べた。ここで一段落して、いつもであればスマホTwitterなどを閲覧するのだが、今日は既に長時間、パソコンを見つめて眼精疲労が酷かったので、スマホから距離を置いた生活を送る。具体的には本を読むか音楽を聴くくらいしかないのだけれど。最果タヒの小説を読んでて、「これ前に読んだのじゃん」と自分の記憶力のなさを恨みつつ、ふっと気を抜いたら眠気が襲ってきた。時刻は19時を回ったところ。ここで寝てしまったらだめだ、23時過ぎに起きてしまって、また寝れない夜を過ごしてしまうことだろう。でも、今ここで布団に横たわって目を瞑ったらさぞかし心地よいことだろう。私の座右の銘は「常に自分のしたいことをする」だから、無理して眠気に逆らって起きているんじゃなくて、欲望に忠実になればいいんじゃない、と思って布団に横たわって、ちょっとだけのつもりで目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うわっ、と目を覚ました。今が何時なのか分からない。ロフトには時計を置いていないので、即座にスマホの電源を入れる。23時28分。うわ、やらかしてしまったよ。頭は完全に冴えわたっていた。今この感覚は必要ないのに。うう、どうしよう。隣から喧しい声が聞こえてくる。テンションの高い輩が、「うえ~い」と大声で叫んでいて、それに女の、「うんうん」という声が反応していた。でもあれ、男の声がいつも聞こえてくる低い声ではないのはどうしてだろう。いつも隣の女の家に邪魔している男は低い声で、若干の粘り気を含んでいるのだけれど、今聞こえる男の声は頭がハッピーだらけのような陽気さを孕んでて、低くもないし高くもない、テンションは確実に高かった。1分に2回くらいのペースで、「うえ~い」と叫んでいるけれど、なにがうえ~いなのだろうか。うえ~いがどのような感情のときに発されるのか、私はそこの層の人間と接触したことが無いししたくもないので知らないし、知りたくもない。扉の開く音、がちゃがちゃという音が聞こえたので、興味本位で扉のドアスコープから外を覗いてみると、先ほどのうえ~い男が出てきて、それは頻繁に出入りしている粘着質の男ではなかった。こんな時間に、一人暮らしの女性の家で、何を?それも彼氏らしき男がいる女性の家で、というところまで考えて、この思考は私の成長に何ももたらさない、寧ろ害を与えてくるのは明白だったので、ここで思考は打ち切った。

 

 

24時を過ぎ、全然眠気がない。寧ろこのまま朝まで起きてても支障はないんじゃないか......、そんなことはないな、と思い返して、でも今布団に入っても寝られないのは確定している。そういえば昨日の夜に彼女にLINEを入れたけれど返事があったのだろうかと思い、スマホを開くと彼女から返信が来ていた。

 

「まだ月初なのにこんなに忙しくて、てんてこまい~~」

 

彼女の職場は空調を入れるタイミングの判断がシビアらしく、もう冷房をいれてもよさそうなのにまだ入っていない。じめっとして暑苦しい環境で働いているから、それのせいで仕事が終わった後はくたくたでばたんきゅーなんじゃないか。彼女は今年の4月で今の職場に勤めて3年目だが、年々職場の人は減っているし、それに反比例して対応しなければいけない人は増えているし、同期は今年中には辞めたいと嘆いている、そこそこ劣悪な環境で働いている。結婚して子どもが生まれ、子どもを託児所に預けられるようになったら家計を支えるために働きに出る、でもそれはパートで働くのではなく、今働いている職種で働きたいとのこと。大学でたくさん勉強して取得した資格を無駄にはしたくないし、お金だってパートよりも貰えるし、何より今の仕事が好きなんだ、と前回のデート、3週間前だろうか、その時に熱心に教えてくれて、そうか、そうしてもらえるともし私とあなたが結婚したときに金銭面でだいぶ楽になれるだろうけれど、それだと今みたいな状況、朝早く起きて夜早く寝てしまう生活が継続されるのではないか。もし彼女と結婚して、子どもも生まれてという頃には私も今以上に責任のある仕事を任されるだろうから、今よりも家に帰れる時間は遅くなるだろう。おそらく20時過ぎくらいになってしまうのではないか。そうしたら彼女(その時には妻だが)とのコミュニケーションを取れる時間は皆無というか、もし21時を過ぎてしまったら彼女は夢の中、私は独り黙々と彼女の作った夕飯を食べている。それで本当に良いのかな。だいぶ妄想が先走ってしまったけれど、もし今の彼女と結婚して子どもが生まれて...という想定をしたら、そういう生活が待っていること、それが果たして幸せなのかということを真剣に考えたほうがいいんじゃないか。ただ、「今が楽しいからそれでいいや(正確にはそこまで楽しくない、どころかけっこうしんどいよ)」だけで女性と交際していると、後々自分の首を絞めることになるので、先々の事もきちんと彼女と話して、それを踏まえて自分の頭でしっかり考えてから将来の事を考えようね、ということをぼんやり考えていた。最近まで、「彼女とは別れるだろう」と思っていたけれど、今もその思いはあるのだが、その思いよりも、「彼女を離したくない。彼女と一緒に生きていきたい」という想いが強くなっていて、そうするためにどうすればいいのかも同時並行で考えている。彼女に出会ってそろそろ4か月が経とうとしているが、彼女とコミュニケーションを取っているときに不快を感じる瞬間がない。それはいつかの電話で話した「まだ私に気を遣っている」というぶぶんが大きいのかもしれないが、でもそれを差し引いても彼女は魅力的で、人のことをきちんと考えられる女性だと思う。自分の事ばかり考えてしまう私とは対照的なまでに、彼女は人の事をきちんと考えられる素敵な女性で、でも人に執着することはなく、きちんと自分の時間を大切にしているというのも素敵だと思う。彼女ともっと、密接なコミュニケーションを取れるようになったら、私は多分幸せで死んでしまうだろう。

 

 

4,201歩