眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2021年5月24日(月)

一昨日のライブの疲れが余韻として引き摺っている今日、在宅勤務でよかった。何回もアラームが鳴っているのにそれに気づかず、ふっと冷や汗をかいて目を覚ます、電車に乗っている時間。ぐったりとした体を暫くの間布団の上に横たわらせ、せーので起き上がる勢いで諸々を済ませて、仕事を始める。金曜日に多くの仕事を終わらせたので、朝から急いですることはなく、会社の人から電話やメールが飛んでくることはなかったので、のんびりとした午前中になった。

 

 

お昼休みになる。図書館に行って予約しておいた本を受け取り、ドラッグストアへ寄り、磨きすぎると音で知らせてくれる歯ブラシを買い、スーパーでサラダを買ってから家に帰る。松前漬けと納豆で昼飯を済ませてから、先ほど借りてきた穂村弘「にょっ記」を読む。大学生のときにも図書館で借りて読んだのだが、その時は気分が良くなかったのか、数ページ読んで諦めてしまった。今回改めて読んでみると、短い文章の中に穂村弘のエッセンスがぎゅっと詰まっていて、なんともいえない気持ちにさせられた。幾つか外れというかよく分からないものもあったが、時が経ったらいずれ理解できるのだろうか。たびたび挟み込まれるフジモトマサルの挿絵が素敵で、本棚に飾っておきたい素敵な表紙である。読み始める前に洗濯機を回し、がたがたがたがたという音をBGMにこの本を読んでいると、都会の喧騒から離れ、田舎町、名もついていない田舎町でのんびりしている気分になって、午後から仕事をすることが馬鹿らしくなった。洗濯機の仕事が終わり、本を半分ほど読み終えて、ささっと洗濯物を干して、午後の仕事を迎える。

 

 

にょっ記 (文春文庫)

にょっ記 (文春文庫)

 

 

 

窓を開けた状態で仕事をしていた。 心地よい風が部屋に入って来て、ずっと気分の良い状態が続いていた。

 

 

仕事が終わる。シャワーを浴びる。夕飯を済ます。先ほど本を読んだ影響で、無性に本を読みたくなっていた。今村夏子の「木になった亜沙」を読む。「木になった亜沙」と「的になった七未」が悪夢を見ている状態で見る悪夢のような、ずっと気持ち悪いし、読み終えた後の感想も「きもちわる」だし、でもぐいぐいと最後まで読ませるのが今村夏子だよな、と惚れ惚れする。「ある夜の思い出」の、現実と虚構が入り混じったような、結局あれはなんだったんだろう、とぽかんとするような話が一番良かった。「むらさきのスカートの女」を読みたいけれど、なかなか回ってこないのだ。買ったほうが早いけれど、ここまで来たら文庫本を待ってみる、いや他に読む本があるから、それを読んで気を紛らわせればいだろう。

 

 

木になった亜沙 (文春e-book)

木になった亜沙 (文春e-book)

 

 

 

まだ時間に余裕があったので、ローン・フランク「闇の脳科学  「完全な人間」をつくる」という怪しげな本を読む。脳に直接電気刺激を与えることで、鬱や統合失調症、同性愛などの病気を治せるのか、ということに取り組んだ一人の科学者の物語が描かれている。まだ50ページしか読んでいないが、これがめっちゃ面白くて、普段は海外のノンフィクションは固すぎて読まないけれど、訳文もとても読みやすかったので、ぐいぐいと読み進めた。この本、どんな結末が待ち受けているのかとても気になるので、1週間ほどで読み終えたい。

 

 

さすがに本を2時間以上も読んでいたので目が疲れたし、頭もほどよく疲労を抱えていた。24時30分を回っていたので、おとなしく布団に入って寝ることにする。最近、隣人の彼氏は24時過ぎに彼女の家に帰ってくることが多く、そこからぶつぶつと話し声が聞こえてくるのが厄介で、だからさっさと結婚して広い部屋に引っ越してくれないかな、と思っているけれど、なかなかそうはいかないのが現実なんですよね。静かな人が隣に住んでいてくれれば良かったのにな。物件選び、安直にしすぎた1年前の自分を今更ながら恨んでいるよ。

 

 

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