眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

彼女のことをついつい考える、駄目な男

暇だから彼女のことをうだうだ考えてしまうのだ。もし私が四六時中仕事に追われていて、土曜日も日曜日も仕事をしてて、休みが一か月に一度しかないような過酷な労働に身を浸していたら、彼女のことを考える余地はないだろう。

 

 

暇なのである。去年の今に比べればたくさんの仕事を任せてもらってはいる。ただ、まだまだ少ない。苦になるほどの残業を毎日するわけではない。常識の範囲内、ホワイトの範囲内でしか仕事を任せてもらえないから、ついつい彼女のことを考えてしまう。そりゃブラックな仕事は任されたくないし、責任の重い仕事も、量が馬鹿みたいに多い仕事もしたくない。でもそれと同じくらいに、彼女に対する不毛な考えはしたくない。

 

 

彼女に関する情報は、はっきり言ってまだ全然ない。これからどんどんと知っていくのだろう。でもそれはいつになったら、「だいぶ彼女のことを理解できた」と言えるようになるだろう。現状、彼女に会えるのは2週間に1回(これでも友達との付き合いを減らしてくれたとのこと)。先週のデートは2時間ぽっきりコースだったので、「じゃあね」と改札の中に入っていく彼女を見送って虚しくなった。せっかく2週間ぶりに会えたんだから、もうちょっと一緒にいたいとか、そういった感情はなかったのかな。電話は会う以上に難儀なもので、昨日もできたっちゃできたのだけれど、電話したのは1日の終わりがけで、彼女にはほとんど体力は残っていなかった。時折欠伸が聞こえてくると、「これ以上話を長引かせるのは負担になってしまう」と気になってしょうがなかった。結局1時間ほどで電話は終了した。彼女の方から、「では、そろそろ...」という雰囲気を出してこられたので、電話は終了。そしてLINEはもう殆ど機能していないので、彼女のことを知る手立てはないのだ。

 

 

これって、付き合っていると言えるのだろうか?

 

 

そもそも彼女には恋人という存在はいらないのではないかとすら思えてくる。「ドライな人間なの」と自分で公言し、人間に対してのドライさを事細かに説明してくるということはよっぽど私に、自分がどれほどドライなのかを知ってほしかったのだろう。彼女のドライさのエピソードを聞く限り、それもう恋人入る余地ないじゃないかよーーーーーーーー、と思えてくる。平日は仕事で終わり、土曜日は友達との付き合いで終わり、日曜日は一人で終わる。彼女の生活に、恋人という異物が混入する隙間はどうやらなさそうである。じゃあなぜ、彼女はマッチングアプリに登録していたのだろうか。

 

 

今思い返してみると、彼女のマッチングアプリの自己紹介のぶぶん、「恋人ができたらいいなと思っています」みたいなニュアンスのことは一切書かれていなかった。「男性とは最近会っていないので、緊張します」とよく分からない文が載っていた。そもそも、なぜ私は彼女と会おうと思ったのだろうか。

 

 

こんな生産性のないことをうだうだ考えている間も彼女は自分の人生を生きている。私は今日も1日、歳を取ってしまった。このまま彼女と付き合って、もしかしたら結婚までは発展しないだろう時間を過ごすのか、はたまた彼女とはここで踏ん切りをつけて、会う頻度とか、そういったぶぶんの考え方が合うような女性を新しく探し始めるのか。別に今決断しなくてもいいじゃん、まだコロナが落ち着いていないんだし、婚活市場に繰り出してもそこまで人はいないよ、このままずるずると今の彼女と付き合っていようよ、付き合っていて損なことはないんだぜ、と小賢しい私がこそこそと耳元で囁いてくるの、どうにかならないかな。