眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

あっさりとしすぎていないか

3週間ぶりのデート。久しぶりに彼女に会うので、どうやって振る舞えばいいのか忘れてしまっていた。

 

 

前回のデートが彼女の家だったので、今回は私の家の最寄り駅でご飯を食べることになった。前日に彼女から「ここのお店でお昼ご飯食べたい」というリクエストがあり、そこでご飯を食べることに。

 

 

待ち合わせ時刻は1時半。その時間の3分前に「ついたよー」と彼女からLINEが入り、既に家を出ていた私は慌てて駅へと急いだ。待ち合わせ時間に3分ほど遅れてしまい、待ち合わせ場所を見渡すと南口に彼女を見つけた。「お待たせ」「久しぶりだね」今日は気持ちいいくらいの快晴で、彼女は薄着だった。前回まではまだまだ春の気候で若干の肌寒さがあり厚手の服装だったが、薄着になった彼女は私をどきまぎとさせた。「じゃあ行こうか」と彼女を促し、特に話すことはしないで店へと向かう。駅から歩いて1分ほどのところにあるお店で、そこの前は何度も通ったことがあるが、一人で入る勇気はなかった。

 

 

地元の人に愛されているようなお店で、ぺちゃくちゃと大声で話している人はいない。運よく席が空いていたので、待たずに席に座る。メニューを見て、久しぶりにお刺身を食べたかったので、「お刺身定食」に決めた。彼女は二つで迷っていて、最終的には私と同じメニューにした。メニューが決まったので、店員さんにオーダーを伝える時、彼女はちょっと高めのお刺身定食のメニューを見てて、それが食べたかったらそれにしたらいいのに、と思ったけれど口にはしなかった。多分このお店の代金は私がすべて支払うので、自分だけ高い料理をオーダーするのに引け目を感じたのだろうか。そんなことは考えず、「美味しそうだな」と思っただけなのか。彼女が何を考えているのか、本当のところは分からない。注文を終え、暑かったので冷たい水を貰い、やっと一段落した二人はぽつりぽつりとお互いの事を話した。彼女が話したのは主に仕事の話で、彼女の話の7割近くが仕事の話といっても過言ではない。仕事が楽しくてしょうがない、といったポジティブな内容だったら聞いてて気分が良いのかもしれないけれど、彼女が仕事のことを話すときはネガティブなことが多く、その話のズイショズイショで、「しんどいよね。辛かったら無理しないでね」と合いの手を打つ作業をするのはちょっぴり退屈だった。彼女の勤めている職場は常に人員不足で、一人でこなすには多すぎるほどの仕事を日々こなしているそうだ。1時間残業するのが当たり前になってて、上の人や外部の人との折衝がとにかくストレス、早く転職したいとのこと。そうなんだ、うんうん、それはしんどいよ、よく頑張っているよね、無理しないでね、と嘘くさく聞こえない程度に話を聞いていると料理が運ばれてきたので、暫し料理に集中する。久方ぶりのお刺身なので、普段よりもテンションが上がり、つい頬が緩んでしまう。「それでね、さっきの話なんだけれど......」とまた仕事の愚痴を零す彼女。いつまでもぐちぐちしてるんじゃなくて、その場所が嫌ならさっさと離れればいいのに。変なタイミングで退職したら周りの人に迷惑をかけてしまうから、というのが彼女がまだ転職しない理由で、本当にしんどかったら周りのことを考える余裕なんてないよ。周りの人の心配をしすぎてしなくてもいい選択を取ってしまう人もこの世界にはいるけれど、彼女は深刻に、死ぬか辞めるかといったところまで追い詰められているわけじゃなくて、休日の夜や、朝起きた時に、「ああ、仕事行きたくない」という緩やかな拒絶なので、そこまで心配はしていない。もし私が、死ぬぎりぎりのところまで考えて、すんでのところで休職した、ということを彼女に伝えたら、彼女はどんな気持ちで私の話を聞いてくれるのだろうか。

 

 

仕事の愚痴とはいえ、久しぶりに面と向かって彼女と会って話しているので、嬉しいっちゃ嬉しい。もちろん仕事の事だけ話していたわけじゃなくて、来月には帰省するんだということも彼女は話してくれた。1年間ずっと自粛自粛してきたけれど、でも多分また緊急事態宣言が延長になってしまうよね、もうここまで我慢してきたんだからちょっとくらいは羽目を外してもいいよね、ということで隣県の実家に2日間だけ帰省するの、とうるうるとした瞳で話していた。私はゴールデンウィークに実家に帰省したことや、昨日ロックフェスに行ったことは内緒にしているので(聞かれていないので、嘘はついていない)、彼女にどうのこうの言う筋合いはないし、彼女の日頃の生活を聞いていると、それくらい別にいいんじゃないの、と思う。6月は父の日と彼女のお父さんの誕生日というイベントがあり、帰省するタイミングでお父さんに何かしらプレゼントしようかなと考えているの、とのこと。去年はネット通販でぽちっとしただけだから何を贈ったのか忘れてしまった、一年って本当にあっという間だよね、てか2021年ももうそろそろ半分も終わってしまおうとしているの怖すぎるんだけれど、とひとしきり彼女の考えをうんうんと頷きながら聞く。お父さんの話は続き、お父さんは日頃は勉強をしたり本を読んだりしてるの、どんな本を読んでいるかは分からないんだけれど難しそうな本を読んでて、本を読んでいるなと思うの。あとはジムに行って運動していたするの、とのこと。

 

 

他にもいろんなことを話したんだけれど、仕事のことと彼女のお父さんの話くらいしか記憶に残っていないのは、そこまで印象的な話をしていないからだ。せっかく久しぶりに会えるんだから、ありきたりな話じゃなくて、少しは芯を食ったような話をしたい、例えば彼女の価値観がどんなものなのか知りたい、と思っていた。しかし、今日のコンディションはあまりよろしくなかった。それもそのはず、昨日は長丁場のライブを全力で楽しんだので、普通だったら今日は一日中寝たり起きたりを繰り返すような、休養日になるはずだった。でも彼女の予定では直近では今日しか空いておらず、来週の土日は(多分)友達と会うので、今日くらいしか会えないんだよね。週に一回は会いたいと思うけれど、これくらいの距離感だからこそいいこともあるのかもしれない。

 

 

食事を終え、さて会計を済ませようという段になって、私は彼女がどのような行動を取るのだろうかと見守っていた。自分のお財布から、「私の分」とお金を出すのか、それとも「御馳走様です」といつものように来るのか、はたまた「いつも奢ってもらってばかりだから、ここの会計は私に任せて」となるのか。どうなるのだろうと、緊張しながら見ていると、彼女が伝票を持ってレジへと持っていった。気づいたら私がレジの前に立っていて、彼女をちらっと見ると財布は出ていなかったし、レジの前でわちゃわちゃするのは面倒だったので二人分の会計を済ませた。御馳走様でした、とそのお店を後にすると、彼女が私の事をじっと見てこう言った。

 

「(私)さんが行きたいって言っていた喫茶店、今から行きますよね。そこのお会計は私が出します」

 

そのパターンか、とちょっと嬉しくなった自分がいた。

 

 

茶店までの道を二人で歩く。たくさんのお店があり、「へえ、こんなお店があるんだ。いいな~」とにこにこしながら話す彼女。私は完全に上の空だった。そろそろ手を繋ぎたい、繋いでも別に不自然ではなかろう、というスケベゴコロで頭がいっぱいいっぱいだった。彼女の右手は空いていたので、自然な感じで左手を彼女の右手に添わせようとして、前にある段差に気づかずに段差によろめきそうなり、私の左手は彼女の太腿に当たってしまった。「大丈夫ですか?」と心配してくれる彼女。今日はあれだ、不埒な気持ちは出してはいけませんよということなのだろう。次回、次回にしよう、とスケベゴコロをなんとか封印させる。

 

 

お目当ての喫茶店に着く。そこは私がこの街に引っ越してきたときからずっと気になっていたお店で、ぱっと見た感じではテイクアウトのケーキ屋さんかなと思う様な外観なのだけれど、店の奥を覗くと席がいくつか用意されている。普段は混みあってて空席がないほどなのだけど、タイミングが良かったのか席がいくつか空いていた。「お好きな席へどうぞ」と店員さんに言われたので、日当たりの良さそうな席へ。「店主さんの趣味が前面に出ている、素敵なお店ですね」と彼女が言うように、店内は店主さんの好きなものでいっぱいで、ここでしか味わえない独特な雰囲気が漂っていた。メニューもとても拘っていて、コーヒーと紅茶の数の多さに思わず舌を巻いた。彼女は紅茶が大好きなので紅茶を注文、それと冷たいものが好きなのでアイスも注文。私はコーヒーが飲みたいけれど濃いのは飲みたくなかったのでカフェラテと、チーズケーキを注文。注文したメニューが届くまでの十数分、とりとめのない会話をする。ここでも仕事の話になり、「またか......」となりそうになったが、いつもとは違う方向に話が進むので興味深く聞いていた。彼女は来年の4月、もしくは再来年の4月に転職を考えていて、そのタイミングで辞めるのが職場の人に一番迷惑をかけないから、とのこと。本当は来年に転職したいけれど、今住んでいる家は住み始めて3年目で、来年に転居するとしたら再来年に転居した場合よりもたくさんのお金がかかってしまうから、再来年が妥当だと考えていた。しかし、会社の規約を同僚と注意深く読んでいたら、どうやら来年に転居してもかかるお金は特に変わらないということが判明して、「来年の4月には絶対に転職するの!」とまっすぐな瞳で私を見た。「うん、(彼女)ちゃんの好きなようにすればいいと思うよ」と、主体性のない発言をして、そうか、もし彼女が来年4月に転職と転居をするのならば、私と彼女の関係性にも大いに関係してくるだろうな。そんなタイミングで、前々から彼女に聞きたかったけれど、なかなか聞けなかった話題を放り込んだ。

 

 

「(彼女)ちゃんはさ、どういったタイミングで結婚したいと思うの。例えば、これくらいの期間付き合ったから結婚するのか、これくらい親しくなったから結婚するのか、それとも仕事に慣れてきたから結婚するのか」

 

 

私がこんなことを聞きたいと思ったのは、前の彼女と結婚でいろいろ揉めたからである。前の彼女は「仕事で一人前になったら結婚したい」という考えの人だった。ただ、彼女の言う「仕事で一人前」の定義が非常に曖昧で、それは勤めた年数なのか、それとも任せてもらえる仕事の責任の重さなのか、どういった基準で一人前なのかを彼女は深く考えていなかった。しんどい仕事をして、結局1年と少しで職場を辞めてしまい、その後に就職した職場も長くは続かなかった。そうこうしているうちに私と彼女の恋人の関係は終わった。こんな悲劇を繰り返したくないので、今の彼女が結婚についてどのように考えているのかを確認しておきたかったのだ。

 

 

しばらく考えた彼女はこう言った。

 

 

「特に考えていないかな。仕事で一人前になるってなんだろう?」

 

 

年齢もまだ若いし、今は恋愛を楽しみたいお年頃なのだろうか。そこからは結婚の話から脱線して、彼女がもし転職して転居するとしたらどのあたりに住みたいのかという話になった。

 

 

「(私)さんの住んでいるあたりって住みやすそうですよね。治安も良いし、何より素敵なお店がたくさんあるってのが一番良いな。だからもし引越しするとしたら(私)さんの住んでいる区に引っ越そうかな、と思っているんですけれど、こういうこと言われると『うわ、近づいてきたな』と思いますか?」

 

 

私は彼女のこの話を聞いて、どこまで本気なのか分からなかった。まだ付き合って2カ月ほどしか経っていないし、彼女が私に対して興味のある素振りを殆ど見せないので、彼女が私の事をまだ好きだとは思っていなかった。取り敢えず無難な相手が見つかったし、コロナで他の男性を探すのは難しいだろうから付き合っておくか、といった軽い気持ちで私と付き合っているのかと思っていたので、「(私)さんの家の近くに住みたいかも」という発言を聞いて、つくづくこの子が考えていることが分からなくなった。

 

 

彼女とのコミュニケーションは質も量も少ないので、少ない情報量で彼女のことを推測するしかない。だからやや精度の低い推測になってしまいがちで、彼女の事を知っていく時に、「そんな風に考えていたのか」と驚くことが何度もある。それは良いときもあれば、悪いときもある。でも殆どが良いときで、だから私は彼女の事を嫌いにはなれない。LINEを頻繁にやり取りしないようにしているのも、「LINEの頻度を少なくすることで、自分に対する執着心を高めようとしているのだろうか」といった邪推をしていたが、彼女の仕事の話を聞いていると、どうやら日常を生きることにいっぱいいっぱいで、LINEを返すくらいならば寝てしまったほうがいいと考えているのかもしれない。これも推測に過ぎないし、もしかしたら私は第二、第三の男で、本命の男には全力でアプローチをかけているのかもしれない。そんなことを考え出したら息がしづらくなるし、そうなったらそうなったで、「今までありがとうね」とさっぱり別れられるようにしたいので、もう変なことはぐちぐち考えないようにする。あと気になっているのが、デートがいつも短い。前回のお家デートは例外だけれど、それ以外の、外でのデートの殆どは「え、もう帰るの?」と思ってしまうくらいにあっさりしていた。映画デートの時は映画を観て、ご飯を食べて、ウィンドウショッピングをして、で、ちょっとお茶しようと思ったら「そろそろ帰りましょう」となったし、今日のデートもご飯とお茶だけで帰って行ってしまった。今日のデートはとてもコンパクトにまとまっていたので、2時間ちょうどくらいで終わってしまい、もっと話したいことがあるのに、どうして彼女はすぐに帰りたがるのだろうかといろいろ考えてしまう。これもLINEの頻度と同じように、私は第二、第三の男で......と考えることもあるけれど、次の日が仕事で早く起きなければならないし、そもそもの日常が早い時間で終わる彼女は、デートは早く切り上げたい女性なんだろう、か。ここは正直いろいろ考えてみてもよく分からない。友達と話すときは朝から夕方まで7時間ぶっ通しで話していたことが頻繁にある、と言う話を聞くと、単純に私と話す話題が乏しくて、2時間くらいで限界が訪れるのだろうかと思う。私は会話が上手な方ではないし、彼女と話していても彼女を笑わせられるような会話が出来ている自信がないので、もうちょっと魅力的な話ができるようになれば、彼女は、「もうちょっと(私)さんとお話したいな」と思ってくれるのだろうか。これは全て私の頭の中で考えていることで、多分殆ど当たっていないような気がしている。これ以上不確定なことについて考えるのはやめるけれど、別に話をしなくたって、一緒に居るだけで私は幸せなんだけれどな。

 

 

お茶と料理はすぐに運ばれてきて、彼女はすごいスピードでアイスを平らげる。『めっちゃ食べるの早いね、お腹壊さない?」と聞くと、「私、アイスが大好きで凄く早く食べてしまうんです。お腹は頑丈なので壊さないですよ」という会話から、夏になったらかき氷を食べたい、専門店で出しているような美味しいかき氷をたくさん食べたい、だから早く夏になってほしいな、その前に梅雨が来るのが本当に嫌だ。私の勤めている職場はまだ冷房が効いていないから、最近は汗だくで仕事しててしんどい。仕事中ももちろんずっとマスクしていないといけないから、本当には早く夏になって、冷房を入れてほしいの。そういえば夏に観たい映画があるんだけれど、一緒に観に行かない?捲し立てるように話す彼女の速度についていけなくて、いや、速度以前に私の耳は正常な働きをしていなかったので、彼女の話の2割は聞き逃していたと思う。昨日のライブにより、一時的な難聴が続いていた。2時間ほどのライブであれば翌日には耳の調子はほぼ回復しているけれど、昨日ははほぼ半日爆音に包まれていたので、深刻な難聴を抱えていた。運が良かったのはお昼ご飯のお店と喫茶店が静かなお店だったので、彼女の話を8割は聞きとれたこと。せっかく久しぶり、3週間ぶりのデートなんだから本調子で挑めよな、と思うけれど、昨日のライブはずっと最高だったので、悔いはないよ。

 

 

1時間ほどお茶をして、お互いの飲み物がなくなった。「じゃあ、そろそろ行きますか」と彼女が促してくれたので、私たちは会計を済ませることになる。「御馳走様です」と彼女に伝えると、彼女はお札を2枚、私に渡す。「(私)さんがこれで払ってください」なんて気の利く女性なんだろう。私はいつのまに徳を積んでいたのだろうか、こんな素敵な女性に出会い、付き合うことができるなんて。と考えてしまうほどに、私という人間はちょろいのです。会計を済ませ、お釣りを彼女に渡そうとすると店の外に置いてある茶葉を興味深げに眺めている。「これ売っているのかな。どうなんだろ。家で飲みたいな」「お店の人に訊いてみればいいんじゃない」「う~ん、でも聞きづらいな。まあいいや」というやり取りをして店を後にする。彼女の肩をとんとんと叩き、先ほどのお釣りを渡そうとする。「ああ、忘れていた。いいよいいよ」とのこと。自分がどれほどまでに小さい男なのか、そして彼女がどれほどまでに度量を大きい女性なのかを思い知った。

 

 

茶店から駅までの道のりは短い。 もっと話したいことがあった気がするけれど、気の利いた話題が思い浮かばない。刻一刻と駅が近づいている。どうしよう、どうしよう。気付いたら駅に着いていた。「じゃあ、またね」とあっさり別れを切り出す彼女。「ちょっとくらい私の家に寄っていけばいいのに」という言葉を声にはならなかった。さようなら。「またね」次に会うのは2週間後。またこんなにも待たなくてはいけないのか。嫌だな。もっと会いたいな。LINEでもっと頻繁に連絡を取りたいのに、電話でたくさんお話だってしたいのに、彼女はそれらをしたがらない。

 

 

いつまで私は我慢しなくちゃいけないんだろうか......。