眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2021年4月30日(金)

2021年GW2日目

 

 

晴れてくれた。昨日はずっとままならない天気で、夜が深くなるにつれて雨脚が強くなり、家にいても雨が降り頻る音がポツンポツンと強く響いているのが聞こえ、明日は晴れてくれるのだろうか、頼むから晴れてくれという気持ちで眠りに就いた。朝9時頃に目を覚ますと、カーテンの隙間から陽光が差し込んできて、急いでカーテンを開けると気持ちいいくらいに晴れていて、今日は散歩をしよう、都内の、今まで行ったことのない場所をのんびり散歩しようと決めた。

 

 

朝はそんな感じで、始まりから気分は良かった。頭が痛いということはなく、体がだるいということもなく、今日を楽しむ準備は存分にできていた。朝飯にフルーツグラノーラを食べ、昨日買った本を読み、「そうかそうか」と頷きながら夢中になって読み、そうこうしていると家を出ないといけない時間になっていて、慌てて準備をして家を出た。外は気持ちいいくらいの晴天に包まれていて、外を歩く人に等しく降り注いでいる太陽の光が愛おしく感じられた。時折スーツを着た人を見かけると、「そうか、今日は平日だったな」という認識を新たにして、私の会社は毎度の如く長期休暇が長いので、嬉しいやら自分の好きなタイミングで休みたいやら、でも今日はもう働きたい気分ではないので、休めることに一応感謝しておいた。電車はちょっと混んでいて、これが明日になったらどのようになるのか楽しみである。ちなみに明日も今日とは違う場所をふらふらと散策するつもりなので、できれば空いてて欲しいと思う。帰省する人がたくさんいてくれたら、東京はスカスカになるのだけれど、新型コロナを故郷に持ち帰るのは危険なので、急いでPCR検査を受けている人が多くいると聞く。そのせいで普段であれば確認されなかった陽性者が確認され、東京の新型コロナ感染者数が爆発的に増えなければいいのだけれど。そんなことを音楽を聴きながら、ぼーっと外の景色を眺めている私には遠い外国のお話に思えて、全く実感が湧かなかった。私の周りで新型コロナに罹ってしまった人はいなくて、新型コロナに罹っている人はどういった理由で罹ってしまっているのか、最近の報道ではそういったことを教えてくれないので、どういうことに気を付けていれば新型コロナに罹らなくて済むのかがよく分からない。家にずっといればそれに越したことはないのだけれど、陽の光を浴びずにずっと家の中に篭っていたらコロナに罹る前に精神がくたばってしまうので、多少のリスクを冒してでも外に出て、簡単な運動はしたほうが私の心のためにはなるのだと、そんなどうでもいいことを考えていた。次々と流れていく景色を眺めていると、普段スマホを睨んでいるせいで気付かなかった建物や人に気付いて、どれだけスマホのせいで私の生活は汚染されていたのかを思い知った。まだ「スマホ脳」は読めていないのだけれど、それを読んだらきっとスマホを触ることが怖くなってしまい、スマホの中に入っている、私の時間奪う様々なアプリを即刻アンインストールすることになるだろう。そんなことを考えていると電車は目的の場所へと辿り着いた。

 

 

先月の検診からまだ2ヶ月経過していないのだけれど、5月はいろいろと予定が入っていて、病院に行ける機会がないと判断して、GW2日目に病院に来た。平日のお昼なのでそこまで人はいないだろうと高を括っていたが、病院の扉を開けると人いきれをひどく感じ、患者がぎゅうぎゅつ詰めで押し込められていることにひどく落胆した。コロナのせいで精神状態が不調になる人が多いとどこかの雑誌で読んで、メンタルの弱い人はまだまだ未知数で、どれだけの脅威があるのか分からない新型コロナに過敏に反応してしまって、辛いんだろうなと思うと、早く新型コロナのごたごたが終息してほしいと切に願う。早くても2年後くらいだろうか。ただぼっと待っていても時間が無為に過ぎていくだけなので、昨日のこととか、それよりも前のことをまだ書き切れていなかったので、それらのことを思い出しながらたどたどしく書いていると先生に呼ばれた。病院に着いてから30分以上が経過していた。「調子はどうですか」といつもと同じことを聞かれるので、「順調です」と平易に答える。「そうですか。では、この間減らした薬をもう少し減らしてみますか」「そうですね、そうしましょう」ということで、今回も薬を減らしてもらいました。「もし大丈夫そうでしたら、ご自分で薬を減らしてもらっても構いませんよ」とのこと。診察は3分もかからず終了。毎度同じやり取りをしているのだから、ネット上で完結しないかな、わざわざ病院まで行くのだるいんだよな、病院に行くだけで息が切れてしまうようなよわよわな人間がネット上で処方箋を出してもらえるような世の中になってくれればいいのに。

 

 

病院を出るとすっかりお昼時になっていて、この間食べた汁なし坦々麺のせいで、またあのお店に行きたくなっていて、安易な気持ちで新宿へと向かった。外はすっかり夏のような暑さ、少し歩くだけで汗が滴るような、これはもう夏ではないか、思うほどに暑さが身体に浸透していく。日向から日陰へ入った時の安心感、これで少しだけれども生きながらえる、という気持ちを胸に「175°deno担担麺」へ向かう。13時前、店内は数人の客が入っていてホッとした。去年の何月かは忘れてしまったが、客が私しかいなくて、このままだと店が潰れてしまうのではないかと危惧していて、だから満席とは行かないまでも客が入っていることにホッとする。大好きなお店だから、大切なお店だからずっと続いてほしい。今日もいつもと同じ、とても痺れる汁無し坦々麺を注文。ものの数分で運ばれてきたそれを存分に混ぜてから、口に運ぶ。口の中で弾ける、痺れる成分を存分に堪能しながら、汁無し坦々麺にはこの平打ちの麺がすごく合うんだよな。お腹が空いていたこともあり、あっという間に平らげてしまったのがとても勿体無くて、痺れた口の中に延々と水を注ぎ込んで、痺れを骨の髄まで堪能してごちそうさまでしたをして外に出る。美味しかった、また近いうちにここへ来よう。

 

 

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店を出るとより太陽の光が強くなっていて、日傘をさしてそれに応戦している人が多かった。新宿という無法地帯だからか、マスクをしていない集団が無秩序に他人に話しかけている姿を見かけ、相変わらず治安が悪いな、でもこんな街をどうしても愛してしまうんだよな、とか思ってしまうほどに私は新宿のことが大好きなのです。全部好きなわけではないですが。急いで地下へと潜り込み、どうしよっかな散歩、お腹が満たされて、もう今日は特に何もしたくない、できることなら家でぐでえっとしててえな、と思い、取り敢えず、一旦、家に帰ることにした。

 

 

家に帰りつき、電池がほとんどなくなっていたWalkmanを充電し、喉が渇いていたのでキンキンに冷えた水を体内に注ぎ込み、そうこうしているとこのあと外に出るのが馬鹿らしく思えてきて、外に出る気分になったら外に出よう、それまでに家でぐでえっとしていようとことに決めた今そう決めた。午前中にちびちび読んでいた古賀史健「取材・執筆・推敲――書く人の教科書」を再び読み始めて、とても読みやすいのに内容はしっかりとしているので、読んでてとても心が安定する。最近の私はばかすかと本を買うだけで買った本を読まなくて、そんな自分が嫌いになっていたので、昨日買った本をこうして積極的に読んでいるのは精神衛生上非常に良いのである。ただ、書かれている内容がすごく真面目なので、ふとした拍子にふざけたことを考えている自分がいて、嫌になる。

 

 

夕飯はパスタで簡単に済まして、本を読んだり本を読んだり本を読んだりしていたらあっというまに24時を過ぎてしまっていたので、今日は大人しく寝ることにします。明日も特に予定がないけれど、今年のGWも地味でいいだろ。

 

 

 

4,665歩