眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2021年4月21日(水)

在宅勤務。故にすることはないし、朝遅くまで寝ていられるし、仕事中に音楽を掛けられるし、良いことづくめで笑ってしまう。ずっと在宅勤務が続けばいいのに。私の家は会社から近いので、通勤時間がなくなる恩恵はそこまでないけれど、朝の、あの気怠い気分の時に満員電車に乗らなくていいのは本当に最高である。ずっと在宅勤務が続けばいいのに。緊急事態宣言、どうやらGWが始まると同時に発令されるっぽいんだけれど、GWの間に出されても正直しんどいっす。GWに開催されるいくつかのイベントごとがぶっ潰されるのは癪に触る。音楽業界がまだ被害を被るのは我慢ならない。自粛を要請するなら、それ相応の補償金を出して、律儀に我慢している業界を守れよ、政府。飲食業と観光業ばかりに金をじゃぶじゃぶ支給してねえで、他の、もっと苦しんでいるところにも金を出せよ。ふざけんな。

 

 

昨日もへんてこな睡眠を取ったせいで、始業時間ギリギリに起きたのに眠眠で仕方ない。外は気持ちいいくらいに晴れていて、外にパソコンを持っていって、公園で太陽の光を浴びながら仕事をしてえ。しばらくパソコンで作業をして、飽きて、でもパソコンの前にいないとパソコンに設置されている、人間の動きを検出する機械に反応しなくなり、その情報が上司に飛び、すぐに上司から電話がかかってくる、それの応対が面倒なので、せめてもの気晴らしに音楽を鳴らして暫くは耐える。それでも我慢できなくなって、甘い飲み物を飲んでしまった。会社にいる時に飲んでも怒られないんだけれど、こんなものを飲んでいたら太ってしまうので普段はあまり飲まないようにしているその飲み物をがぶかぶ飲んで、気分が良くなったのお昼休みまで集中を途切れさせることなく仕事ができた。お金が勿体無いので、外食はしなかった。ラーメン、ハンバーグ、中華料理、タイ料理、たくさんの美味しいが

 

 

お昼休みになり、真っ先に外に出た。ラフな格好で、いつものコースをだらだら歩く。駅の南の方まで歩いて、あまりにも天候が最高なので、一度も降りたことのない駅でランチをエンジョイするのもいいかもしれない(気持ち悪い表現)。歩いていると健康になれる気がするので、歩みを止めることなく進み続ける。いつも通る道ではいろんな人が歩いていて、そこには好きなものを極限まで突き詰めた人がいて、そういう人を眺めていると、「自分、いつまで緩い生活を続けているんだろう。ハッキリしない彼女の態度に一喜一憂している、なんてみみっちい生き方してるんだろう。大事にしたいものがあったら、しっかりとそいつを握りしめなければ」と気を新たにする。

 

 

家に帰り、昨日の鍋の残りを温めてそれと白米をお昼ごはんとして、食べ終わるとお昼休みが終了した。しなければいけない仕事は午前中に終わらせたので、午後は今のうちにやっておいたほうが未来の私を救える仕事をこなす。1時間もしたら暇になる。暇。暇が人間を退屈ないきものにさせる。暇すぎて、解脱しそうになる。解脱しそうになる一歩前でようやく正気に戻り、別に今しなくてもいい仕事を適当に進める。外が徐々に暗くなる。お腹は空かない。お菓子は食べない。今日の新型コロナ感染者数が発表される。東京も近いうちに1,000人を超えるだろう。大阪は2,000人も見えてきた。名古屋はまだ奮闘しているが、時間の問題だろう。改めて、GWに名古屋に帰省するのはどうなんだろう、家に引きこもっていたほうがいいのではないのかと正気に戻る。本当にそれでいいのか?

 

 

定時になり、家をすぐに出る。間に合うか、間に合うか。新代田に着いて、ちょっぴり時間を過ぎていたけれど、私の番はまだ来ていないのでセーフだった。

 

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bigpopmonster.hatenadiary.jp

 

 

ライブが終わり、程よい耳鳴りを携えながら帰路に着く。家に帰って、ご飯を食べてから、最近夢中になっている本を読んで、幸せな気分のまま眠りについた。

 

 

 やめてほしい、と竹春は思った。この家に、なつめに、怒りや攻撃的な感情を、持ち込まないでほしい。気づくか気づかないかのうちに、すべて穏やかに、ゆっくりと進めてほしい。急激な物事の変化や、あらゆる激しさを遠ざけたい。冷たさや、蔑みや、嫉妬や、焦りや、嘘を、なつめに近づけないでほしい。竹春はひとり居間の入り口に立って庭の騒ぎを見ながら、そう願っていた。みんな庭に出て、室内には誰もいなかった。自分もあそこに出ていって、ガミちゃんをなだめたり、テーブルを元に戻したり、散らばった料理や皿を片づけたりしなければと思いながらも、その場から動けず、ともかく願うことしかできなかった。竹春は自分の無力に絶望する。しかし同時に、そこから眺めていた庭の人々の光景や、大勢がいっぺんにあれこれしゃべっている声は、優しくて懐かしく、竹春は自分はそれを見たり聞いたりするよりも、できればこのまま空気のなかに溶け込んで見えなくなって、その景色や音そのものになりたいと思った。そうやってなつめの毎日のまわりをぷかぷかと浮遊していたい。

滝口悠生「寝相」p75より引用

 

 

7,804歩