眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2021年3月31日(水)

昨日、というか今日の午前3時に隣室の話し声で目が覚めて、睡眠が中途半端になり、頭が朝から痛かったいてえよ。こんなにくたくただるだるな状態なのに、今から会社に行くし、新しく任されるようになった面倒な仕事をするし、月末の面倒な仕事をするのか。はて、1日の終わりに私は無事で生きているのだろうか。

 

 

新しい仕事が今日もしっかり目に割り振られていたのでそれを淡々とやっていく。忙しい時期なので普段とは違うこともしなくてはいけなくて、そのプレッシャーでちょっと心が壊れかけた。そんな私を気にかけてくれる人はいなくて、寧ろいつもよりも風当たりが強い人すらいた。それはもちろん、私のブログに一年前から散々登場しているコピーロボットである。新しい仕事を長い時間かけて終わらせて、普段の仕事に着車しようとした時、コピーロボットはふと私の隣に立って、こんなことを言ってのけた。

 

「月末が忙しいのは分かっているじゃん。それなのになんでその業務に集中してくれないの?ねえ、なんで?」

 

という発言からは私が置かれている、いわゆる板挟みのしんどい状態を無視して、自分が楽になることだけを考えてそんなことを言ってのけた。普段の仕事に加えて、新しい仕事をしなくていっぱいいっぱいな心にトドメを刺したこと、いつまで経っても忘れてないからな。

 

 

新しい仕事は一人で完結するものではないし、初めに渡されたものが完成されたものではないので、常に外部のちょっかいを受けることとなり、苛立ちが募り始めた。コピーロボットがチラチラとこちらを見るのも厄介だったし、指示の通りに物事を進めたのにZ君に理不尽に怒られるの、本当にもうどうにかしてくれよなと苛々する。Z君、自分が完璧に物事を進めているとでも思っているのだろうか。そうしたら笑止千万だし、そんなZの巫山戯た顔面に思いっきり蹴りを食らわせたくなった。それくらい、私は苛々してて、でも誰かに当たるなんてことはしたくはないから、強めの炭酸水をほぼ一気飲みして、なんとか安寧を取り戻した。ジンジャエールが私を救う。

 

 

休みが来て、でも別にそんなに休みたい気分でもなかった。でも何かしらお腹に詰めておかないと午後がやっていけないので、スーパーで買ってきたチーズパンとカレーパンを食べた。チーズパン、ちょっと大きすぎて、これだけでお腹が満たされてしまい、カレーパンは余計な感じが醸し出されていた。眠いけどTHE KEBABSを聴いて、溜まっていたストレスをどんどんと解消していった。最後の10分は無音の状態で、眠りに費やした。

 

 

午後、新しい仕事がまだ私に纏わりついていて、しつこさを通り越して恐怖を感じた。そして頭がジワジワと痛み始めていて、もう家に帰らせてほしかった。頭の痛み、ちょっと我慢ならないほどのレベルまで上り詰めてしまって、おいおい、こんなの仕事している場合じゃないだろ、さっさと家に帰って身体を休ませてほうがいいだろ、と思い、残っている仕事をコピーロボットとZにぶん投げたくなった。巫山戯るなよ、本当に。でも気合いで、残り滓のような気合いでなんとか新しい仕事を終わらせて、ちょっとだけ達成感みたいなものを感じていた。それなのに、今回の文章の初めの方、

 

 「月末が忙しいのは分かっているじゃん。それなのになんでその業務に集中してくれないの?ねえ、なんで?」

 

なんてことをコピーロボットに言われて、

 

「はっ、巫山戯んなよ。じゃあお前がやれよ」

 

と思った。思ったけれど言わなかった。言わなかったけれど、もろ顔に表れていて、「じゃあお前が...」の顔をしていて、コピーロボットは顔を顰めていた。そうそう、お前のそういう不服そうな顔を私は見たかったんだよ。

 

 

くだらないことの積み重ねで仕事は出来ていることを痛感した一日だった。今日はたまたま、「みなさん定時で帰りましょう」の日で、なんの気負いもなく定時で帰れるのは救いだった。ぐぬぬぬぬ、と悔しそうな顔をしたコピーロボットを横目に、さっさと会社をあとにした。

 

 

頭が痛くて、一刻も早く家に帰りたかった。でも新宿西口の本屋さんのポイント5倍は今日までだったので、痛い痛い頭を体の上にちょこんとのっけたまま本屋へと急いだ。図書カードが一枚もなかったので、途中、金券ショップで図書カードを買った。怪しげな人間が尋常じゃないほどの切符を他人に見せびらかしていて、これは一種のコントなのではないかと思った。西口の本屋に着き、津村記久子の新作「つまらない住宅地のすべての家」のサイン本が置いてあったので、軽率に買ってしまった。前作はまだ図書館でたくさんの人間が借りるのを待ち侘びていて読めていないのに、なんで今回は買うのよ、という気持ちがあったが、今のこのくさくさした気持ちを吹き飛ばしてくれるのは津村記久子の文章だと判断したから買ったまでだった。あとは漫画コーナーに向かい、欲しかったものを躊躇なく購入する。まともな判断が出来ないでいることが、いつか私を救ってくれますように。

 

 

<購入した本>

津村記久子「つまらない住宅地のすべての家」(サイン本)
ばったん「姉の友人」
藤子・F・不二雄ドラえもん(3)」
あずまきよひこよつばと(9)~(13)」 

 

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頭の痛いのをなんとか家まで持ち運んだ。家にはw.o.d.の新作「LIFE IS TOO LONG」が届いていた。早く早く聴きたいけれど、お腹が空いていたし体も本調子じゃなかったので、シャワー浴び、鍋を食べて体調を整えてから、「LIFE IS TOO LONG」をWalkmanにぶち込んで聴いた。一曲目から最後の曲まで、ずっと興奮が止まらなかった。これ、本当にこの世のロックミュージックなのか、と思うほどに音の解像度が尋常ならざるほどに高い。w.o.d.の凄まじいところは、ライブでの演奏が音源を軽々と超えていくこと。ああ、ワンマンライブが楽しみで仕方がない。早く、「LIFE IS TOO LONG」全曲の生音を全身で浴びたい。

 

 

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音楽を聴いていたらもう寝なければいけない時間になっていたの切ない。もっともっと、w.o.d.の新作を浴びていたかったのに。明日も労働は続くのである。

 

 

5,270歩