眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

寂しい時に弱音を吐いてもいいかな?

仕事が忙しく、プライベートのことを考える余裕がない時は「寂しい」だなんて思う余裕はなく、ただただ目の前の仕事を片付けるだけで精一杯だった。激務とは昨日でお別れして、急に仕事が楽になり、自分のことを考える余裕が出来て、東京で一人で暮らしていることが急に寂しく感じられた。改めて考えてみると、現在の私の人生というものはひどく灰色で、たまのライブでちょっとだけ色付き、それで寂しさをなんとか誤魔化していた。けれどそんなものでは寂しさの根本的なものは解決していなくて、「一人で生きている感」が拭えないままではずっと寂しさを抱えたままだ。

 

 

恋人ができたら寂しさを感じることはなくなると思っていた。

 

 

実際はそうではなかった。恋人はできたのに、いや恋人ができたからこそ余計に一人を感じるようになった。ずっと一人でいるときは、一人でいることが当たり前で、寂しいだなんて感情は生まれなかった。けれど恋人と過ごすことの愉しさ嬉しさを知ってしまうと、恋人と離れていると痛いほどの寂しさを感じてしまう。恋人が近くにいないこと、恋人と密にコミュニケーションが取れないことで感じる寂しさは、本を読んでも音楽を聴いても、映画を観ても癒えることはなくて、実際に恋人と会うことで解消されるはずだ。

 

 

つい最近まで、「ずっと私は一人で生きていくんだろうな」という諦めを抱えていた。先月、私は一人じゃなくなった。そういえば恋人ができてからまだ1カ月も経っていないのか。私の想像では付き合いたてが一番どきどきわくわくする時期で、この時期を謳歌するために恋愛をするもんだと思っていた。実際はそうじゃなくて、なかなか会えない、会えないどころか連絡すら殆ど取れない恋人に苛立ちを覚えている。もっと構ってくれてもいいのに。そんなに仕事が好きなら、友達が好きなら、家族が好きなら、私という存在が必要なかったんじゃないの。彼女の時間のなかで、私が入り込めるような余地はなかった。私はたまに呼び出される男で、一緒にご飯を食べて、そこそこ話をする男だった。悲しい、悲しいというよりもなんでこんな関係を続けているのか、このままこの関係を続けていても幸せになれるのかな。何が寂しいのか分かんなくなってきちゃった。

 


とりあえず今週は疲れたから、休日は一人の時間を満喫する。もう無理はしないよ。