眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

無意味さを愛しているよ

くだらないことを考えていても、まじめなことを考えていても、どっちにしても一日が終わってしまうなら、私はくだらないことを考えていたい。家を出て電車に乗るくらいなら、そんなまじめなことをするくらいなら、いっそのこと海が見える丘まで家から歩いていけばいい。生活に縛られていると思っている、それは勝手な思い込みに過ぎない。私自身が私の思考を縛っている。ふっと考え方を変えれば、しんどいことも別にそこまでしんどくはない。考え方次第、とどこかのお偉いさんが言っていた。そんなことすらもどうでもいい、全てはどうでもよくて、どうでもよくないことがないからこそなんでもできる自由さを体感できることがこの上なくおもしろい。上下左右にしか動けないと思っていたけれど、前にも後ろにも動けるし、なんなら三次元に囚われること自体がナンセンスで、時間だって自由に調節できるのに。ここでじっとしていることの無意味さよ。でもその無意味さを愛しているよ。