眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

精神は死んだまま

精神が死んで1週間が経った。回復の見込みが立っていない。仕事をしててストレスは感じないし、日常生活はするすると過ぎていくのに、精神が死んでいて生きている心地がしない。味のしない白米を延々と食べさせられている気分。お腹がいっぱいで、これ以上食べたくないのに、それを言うことが憚れる雰囲気が漂っている。誰かが悪いわけじゃない。私の精神が他人に比べてちょっとへこたれやすいだけなのだろう。

 

 

本を読んでも内容が頭に入らない。ドラマを観ていても気付いたら話が進んでいて何回も巻き戻している。音楽だけが唯一、私の精神をそっと支えてくれている。歌詞を吟味する余裕がないので、洋楽ばかり聴いている。The Killersの最新作は何度聴いても飽きることがない、聴けば聴くほど「もっともっと」と求めている自分がいる。何も考えないで、目を瞑って、ぼおっと音楽を聴いているだけで一日が終わっていく感じがたまらなく寂しいし、それが20代最後の3月というのが感慨深い。

 

 

婚活、前に進んでいるのか、その場でぐるぐる回っているのか、それとも変な道に入り込んで迷っているのか分からない状態。女性とメッセージのやり取りをしてても全然面白くない。一問一答式女性に対して時間とエネルギーを消耗したくないので、一言で返している。中身のある、ちょっと長い文章を返しても一言だけしか返ってこないの、一体なんなんだろう。やる気がないのか、それとも単に文章を作るのが下手なのか。そんな女性がいる一方、とても丁寧に文章を返してくれる女性がいて、何気ないやり取りだけれどそれだけで惚れてしまいそうになる。こちらが話を振る。それに対して「中身」のある返しをしてくれる+絶妙な質問を投げかけてくれるので、会話がとても自然で、適度なタイミングで返事を書こうという気分になる。そういう人は丁寧に人生を生きているはずなので、きっと会ったら楽しい時間を過ごすことが出来るだろう。そこから恋愛関係に発展するかどうかは相性次第だけれど。そういう女性とはメッセージのやり取りをしているだけでも楽しいし、早く会ってお話したい欲も出てくる。そういえば、最後の彼女とはまだ糸が繋がっていて、一日に一往復だけの繋がりが継続している。会う約束が決まっているので、別に毎日やり取りをする必要は感じていないけれど、最後の彼女の方は「毎日やり取りをした方が、相手の関心を持続しやすい」という考えがあっての行動なのだろうか。彼女が私に対してどのような感情を持っているのか、未だに分からない。社会経験の一環として私と会っているのか、それとも自分の恋人に相応しいかどうかを慎重に吟味している最中なのか、それともただの暇つぶしなのか。あまりにもやり取りのスピードがのんびりしているので、ちょっと退屈してきている。慎重に行きたい気持ちがあるとしたらそれは理解できるけれど、でも時間をかけたからといって正しい答えが導き出せるとは限らない。マッチングアプリという歪なコミュニケーションツールで出会ったのだから、それに見合ったスピードでやり取りを進めていく方が効率的なんじゃないかな。人間関係に効率的なんてことを持ち出すなんて私もそろそろ末期なんだろうけれど、脈がないのであればだらだらと交流を続けるのは無駄だと思っているので、次かその次(約束出来れば)に会った時に答えを出したい。そこでYESなのかNOなのか、まだどっちでもないのかをはっきりしてほしい。一人の人にだらだらと時間を費やせるほど、今の私に時間の余裕はないのです。

 

 

今日はゆっくり出来た。明日もゆっくりと時間を過ごそう。