眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2021年1月22日(金)

久しぶりに純粋な有給休暇を取得した。取得した本来の理由はライブ遠征だったが、この時期に行くのは危ないかな、と判断して遠征は断念。でもせっかく平日が休みなのでなにかしたいな~、土日ではできないようなことがしたいな~、と考えていたら「温泉」というものが思いついて、最近はめっきり行けていなかったので安直に温泉に行くことにした。

 

 

普段と同じ時間に起きたので眠気を伴うことはなく一日をスタートできた。駅から目的の温泉宿までけっこう歩くので、栄養ドリンクでも飲んでおこう。結構前に購入したトップバリュの栄養ドリンクがそろそろ賞味期限が切れる、ということでそれを飲んでしまった。家を出ると快晴、どうか箱根も晴れておいてくれと願う。がたんごとんと電車に揺られ揺られ、新宿駅へ到着。行きは贅沢に箱根ロマンスカーで、と決めていたのでそれに乗り込む。私が乗った車両には私以外に一組しか乗っていなかった、普段から平日のこの時間帯はこんな感じなのだろうか。それとも緊急事態宣言の影響で客足が減っているのだろうか。そんなことをぼんやり考えながら、1時間30分の間電車に揺られていた。紙の本を持ってきていたが、本を読む気分にはならず、音楽を聴きながらぼんやりと外の景色を眺めていた。スマホはあまり覗かないようにした。せっかく日常から離れているのだから、日常を想起させるようなものは頭に入れたくなかった。ぼんやりとしている時間が長く続くと普段はあまり考えないようなことがぽつりぽつりと浮かんできて、それを自在に動かすのが愉快だった。体感的には45分くらいで箱根湯本駅に到着。

 

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多分2年ぶりくらいの箱根湯本は人が全然歩いていなかった。多数の店のシャッターは閉じられていて、うら寂れた印象を受けた。前回ここに訪れた時はたくさんの人で賑わっていて、温泉まんじゅうや練り物の串を食べるのがとても良かったのだけれど、そんなことを出来る雰囲気ではなかった。そもそも、こんな時期に温泉なんて来るのは非常識だったのではないか、と不安になった。しかし、当たり前だけれど自然は前回と同じ感じで、それを眺めていると緊張していた心が解れていくのを感じた。


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下記のような景色を眺めながら、30分弱とことこと歩く。晴れて良かった、と思うと同時に、狭い道にそこそこの車両が行き来しているのが危なっかしくて、それがちょっとだけストレスになった。温泉客は見当たらず、地元の人を数人見かけるくらいだった。まるで箱根温泉を一人占めしている気分になって、開放感をばしばし食らった。温泉宿への道は最後が異常なほどの急斜面で、そこで一気に体力を奪われ、着ていたTシャツが汗で濡れてしまった。替えを持って来ればよかった、と後悔しながら受付を済ます。


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館内に入っても4,5人の客にすれ違うだけだった。ようやく待ちに待った温泉は、ほぼ貸し切り状態だった。一番大好きな上にある温泉に浸かると、都会の喧騒から離れて、自然の中で一人ぽつんと温泉に浸かっていることが贅沢に感じられた。時間は11時過ぎ、今頃会社で働いている人がいるんだろう、私は暢気に温泉に浸かっている、と安易な優越感を抱きながら、ちょっとした罪悪感も抱きつつあった。幾つかの温泉を試してみたが、圧倒的に上の温泉の居心地が良かったのでほぼほぼそこに滞在していた。ぽつりぽつりと浮かんでくるは普段は思いつかないようなこと、過去のこと、後悔したことが思い出されて、ちょっぴり苦い気分になった。1時間ほどで温泉から上がると、体は芯までぽかぽかになっていて、いやちょっとなり過ぎていて湯あたりしているのではないか、とちょっぴり不安になった。急いで着替え、休憩室にあるマッサージチェアに座って、しばしマッサージにうつつを抜かした。心地よいリズムで凝りを解されていき、つい声が漏れてしまいそうなほど気持ちよかった。普段は聴かないような音楽が聴きたくなって、だいぶ昔にWalkmanに突っ込んだKendrick Lamar「To Pimp a Butterfly」(2015)を聴いていると無性に闘争心が湧いて来て、普段は見て見ぬふりをしてきた何事かと正面から対峙したくなった。そこの休憩室にも殆ど客はおらず、宿の経営状態が心配になった。2時間ほどそこで休憩し、お腹がだいぶ空いたので宿を後にした。宿の高い場所から見下ろす外の景色は格別だった。


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行きと同じ道を帰りも通る。すぐ近くで流れている川には数匹の鳥が顕在していて、きゅーきゅーと鳴いているのが微笑ましかった。


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15分ほど歩き、目的の蕎麦屋に着いた。普段ならば行列必死の人気店だが、待つことなくすんなり入れた。それでも1階はそこそこ混んでおり、2階へ案内された。私以外には子供連れの夫婦がいるだけだった。せいろそば(冷)の大盛りを頼むと数分で運ばれてきた。お腹が空いていたので無心で啜った。蕎麦というものは大好きで、一時期は狂ったように毎日食べていた。しかし味の違いというものが判断しづらく、ここのお店の蕎麦はそこそこ良い値段がするけれど、確かに美味しいけれど、それほどの値段を払ってまで......、ということを考えていた。普通盛りではお腹が空くだろう、と思って大盛りにしたが、やはり量はそんなに多くはなく、あっという間に平らげてしまった。つゆに蕎麦湯を溶かしてちびちびやっていた。新宿へと向かう電車が箱根湯本駅を発車するまでまだまだ時間があった。そんなに長居出来る雰囲気でもなかったので、ちょっぴりだけ休憩をしてから店を出た。


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午後になると午前には空いていなかった店が何軒か空いていたが、興味が惹かれず、えゔぁ屋をちょっとだけ覗いてからホームへ向かった。


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帰りは在来線で帰ることにした。どうせ箱根ロマンスカーで帰ったところでそこまで新宿への到着時刻に大差はなかった。だらだらと電車に乗っていると普段は見かけない景色が次々と流れ去っていき、それをぼおっと眺めているとまた頭に浮かんでくる様々なことを適当に組み合わせて遊んでいた。2時間ほどで新宿に着くが、久しぶりに下北沢へ行きたくなったので下北沢で降りた。17時過ぎの下北沢は活気があって、先ほどまでの寂しい気持ちは霧散していった。2時間ちょっと前にお昼ご飯を食べたばっかりだが、既にお腹はなにものかを所望していた。一度だけ訪れたことのあるラーメン屋へ行った。以前訪れた時にそのあまりの美味しさに感銘を受けた中華そばのお店「中華そば  こてつ」で、前回と同様に中華そば(700円)の大盛り(100円)を頼んだ。まだ時間が早いせいか、客は私一人だけだった。すぐに到着した中華そばのスープを啜る。う~ん、こんなもんだっけ。次に麺を啜る。.....そうだそうだ。ここの中華そばは汁単体ではそこまで美味しく感じられないんだけれど、麺と絡まると化学反応が起きたみたいに超絶な旨さを発揮するのだった。そのことをすっかり忘れていて、再び中華そばの美味しさに感動していた。ダイエットをしているのに汁を余すところなく飲み干して、幸せな気持ちで店を出た。そのあとは幾つかのお店を出たり入ったりして、早々に飽きてしまったので小田急線で新宿に帰った。


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家に帰りつき、しゃっとシャワーを浴びると急に読書欲が湧いてきて、だいぶ前に購入してそのまま本棚の肥やしになっていた多和田葉子の「雪の練習生」を読み始めた。最初は非常に読みにくかった、それは本が悪いのではなく、私自身が読書の仕方を忘れているだけだった。20ページほど読むとそのあとはするすると物語が頭の中を駆け巡っていった。

 

作家になるということがそこまで人生を変えてしまうとは思ってもみなかった。正確に言えば、わたしが作家になったのではなくて、書いた文章がわたしを作家にしたのだった。結果が結果を生んで次々、自分でも分からないところにどんどん引っ張られていく。それが作家になるということならば、玉乗りよりもっと危険な芸なのかもしれない。玉乗りも骨の折れる芸で、実際に骨を折ったこともあるけれど、最終的には習得できた。おかげで転がるものの上でバランスを取る自信はある。作家生活という玉乗りの玉はどこへ転がっていくのか。真っ直ぐ進めば舞台から落ちてしまうから、自転しながら公転し円を描き続けるしかない。

多和田葉子「祖母の退化論」(『雪の練習生』所収)p42,43