眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2021年1月18日(月)

晴れ。7時30分起床。今日もうんざりするほどの寒さ、それに加えて右奥歯がキリキリと痛むので、非常にしんどい一日となる。在宅勤務だけれど、今日は出勤してもよかったかな。まあ、背中の痛みが継続しているので、在宅でよかったっちゃあよかったんだけれど。今日はテレビのニュースを見たい気分ではなかったので、テレビをつけないで朝ご飯を済ませ、そのまま仕事を始める。緊急の仕事が舞い込んでくることもなく、先週残しておいた仕事をの~んびりとこなしていく。こんなんで本当に仕事と呼んでもいいのだろうか、というのんびりした時間が流れていく。お昼ご飯はたらこマヨパスタ。ちょっとだけ仮眠を取って、午後1時から仕事に戻る。新しい仕事が舞い込んでくることはない、殆どの人が在宅勤務をしており、それのせいか知らないけれど普段はじゃんじゃん来るはずのものが来ず、ただカタコトとキーボードを叩いていたら定時になった。寒かったのでずっと羽毛布団を羽織りながら仕事をしていた、早く春になってくれればいいのに。

 

 

仕事を終えてすぐにシャワーを浴び、夕飯もたらこマヨパスタで済ませる。韓国ドラマ「知ってるワイフ」を観終わる。観ていて飽きることのない、よく作りこまれたドラマだった。単なる恋愛ものだったら5話くらいから繰り返しは激しくなって、「早く終わってくれ......」となるのだが、これは単なる恋愛ものではない、一定の条件で過去に戻って異なる選択肢を選び、人生をやり直す。でもその選択は本当に合っていたのだろうか......、ということがキーポイントになっていて、どんな風に選んだとしても彼女を傷つけてしまう、じゃあもう僕は彼女の前から姿を消せばいいのだろうか......、というぶぶんが凄く気に入った。キャストも素晴らしく、主役以外の人たちの人生を眺めているのも非常に愉快だった。あと、主人公は銀行で働いているのだけれど、そこで起きる出来事も、「あるある」とつい頷いてしまうほどの共感性があり、ずっとこのドラマが続けばいいのにな、と思った。「ゴー・バック夫婦」とはまた異なる良さがある、日本にもドラマが輸入されるのはもっともだよな、と思うほどに良く出来たドラマでした。

 

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「知ってるワイフ」(☆☆☆☆)

 

音楽で一段落着いてから、眉月じゅんの新作漫画「九龍ジェネリックロマンス」を3巻まで読む。著者の前作「恋は雨上がりのように」はアニメで観て好感を持ち、評判が良かったので読み始めたけれど、そこまで面白さを見出すことが出来なかった。好きな人は好きなんだろうな、でも私はこういう類の物語はそこまで好きではないんだろうな。台詞も狙いに行っている感じがして、でもそれはそれでよい雰囲気を醸し出していたのでよかった。この先彼らがどうなっていくのか興味がないので、多分続きを読むことはないだろう。アニメ化されたら観るかも。

 

切れかけの電灯
カビくさい路地裏
うるさい隣人
そのどれもがなぜか、無性になつかしく感じないか?
俺はこのなつかしいって感情は恋と同じだと思ってる。
ここに暮す住人たちだって同じさ、皆クーロンに恋をしているんだ。
なつかしい、このクーロンに。
だからクーロンは変わらない。変わっちゃいけない。
新しいものなんて必要ないんだよ。

「九龍ジェネリックロマンス」1話より

 

 

何か行動して後悔しても、その時それが自分の中で絶対だったのなら、それは私として間違ってはいないと思う。
絶対っていうのは″自分を信じて突き進む。″ってこと。
たとえ一瞬でも私が私であると言える自分になりたい。

「九龍ジェネリックロマンス」28話より

 

 

今日はあと少ししか残されていなくて、でも目は疲れていたのでUNISON SQUARE GARDENを聴くことにした。6枚目を聴いていたのだけれど、やはり私は6枚目を彼らの最高傑作とするつもりだ。7枚目も8枚目も勿論素晴らしいが、全曲素晴らしい、何度も何度も繰り返し聴きたくなるのは6枚目だ。こんなことなら6枚目のライブにもっと行けばよかった、遠征すればよかった。2月からNormalツアーが敢行されるが、チケットが取れていない身としては非常にむずむずする。レアな曲を演奏されたらさぞかしそこに行けなかったことを嘆くのだろう、そもそも久しぶりにライブハウスでUNISON SQUARE GARDENを観たら泣いちゃうんだろう、あとは東京に来てからまだ一度もお台場へ行っていない、などなど思いながら6枚目を聴いていた。踊り疲れたのでロフトに上がり、コロナの本を読む。初心者にも理解しやすいように易しく書かれているのは好感が持てた。コロナやそれに関する知識を蓄えておいて、これから来るであろう困難にもおどおどすることなく、自分で考えて行動できるようになっておかなければいけないと思った。25時を過ぎたので電気を消したがちっとも眠たくなかった。