眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

マッチングアプリをぼちぼちやってみての所感

マッチングアプリは、真剣に向き合っていたらすぐに精神を病んでしまうことが分かった。たくさんの「いいね」を送っているのに一向にマッチングしない現実にうんざりする。マッチングして会話が始まっても、うっすい会話しか出来なくてストレスで吐きそうになる。共通点探し、必要あるか?そもそも私自身、自分の趣味を誰かと共有したいという感情がない。あの映画が楽しかったから誰かに見てもらいたいとか、この音楽がかっこいいから是非聴いてほしいとか、そういった感情がない。自分の好きなものを他人に押し付けるのは忍びないし、もし押し付けて、「いいねいいね」となったところで何?共感するのって、そんなに嬉しい感情なのだろうか。好きなものが一緒で嬉しくなるよりも、物事に対する向き合い方が一緒、つまりは価値観が一緒の方がテンションが上がる。それでも究極的にはそこまでを他人に求めていない、どこまでいっても完璧に分かりあうことなんて出来ないと思っているから。

 

 

一緒にいても必要以上に気を遣わない相手がいてくれたらな、とは思う。それは怠惰を許して欲しいとかではなくて、背伸びしなくてもいいと思えるような相手。よく、良い相手は大学生のうちに誰かに取られているとか聞くけど、確かに周りの仲良さそうな夫婦は学生時代から付き合っている人が多いけれど、でも今まで一人でいて、社会人4年目くらいにふと、「結婚したい。寂しい。でも今一人......」という人も多いはず。そんな人の弱みにつけこんで婚活産業が蔓延っているわけだけれど、ピュアな出会いを心のどこかで求めてしまっている私は、マッチングアプリで出会うのはちょっと汚れている、と思ってしまう。そんなことを思っているから誰ともメッセージがうまいこと続いて会えるようにならない、心のどこかでこんなところで相手を求めるような人間じゃない、というのが見透かされているんだろう。もう面倒だから、昔みたいに親の勧めでお見合い、お互いをそこまで知らぬうちに籍を入れる、でいいんだよな。私には一から人と出会うというのはハードルの高すぎる所業、街に繰り出して、居酒屋で隣に座っている女性と自然に会話が出来るような力は持ち合わせていなかったのでした。ただそれだけの話。マッチングアプリで女性と会うところまでいけない、だから私は魅力が乏しい、結婚することの出来ない人間なんだ、と思うのは馬鹿。マッチングアプリというものが私という人間に合っていなかっただけの話。そして元も子もないことを言ってしまうと、私はそこまで結婚したいわけではなかった、言い訳に聞こえるかもしれないけれど、周りが揃って結婚したから焦っただけで、どちらかというと一人でいる方が気楽で、誰かと一緒に時間を過ごすのは正直面倒だなと思う性格である。そういう風に言うのは言い訳に違いない、と思う人はどうぞそう思っていてください。私ですら、「おまえさん、それは現実から目を背けたくてそんなことをぬかしておるのだろ」と思う。でも今日、集中して読書していたら凄く楽しくて、この楽しさは人と一緒にいて感じることの出来るものだろうかと考えてみた。すっごく気の合う人だったらそういうこともあるかもね。

 

 

理想の出会い方は、友人の紹介で出会った女性と仲良くなること。それだけ。でもまだそこまで焦る必要はない。そしてそこまで結婚したいわけでもなかったのでした(言い訳にしか聞こえないのが歯がゆい......)。