眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2021年1月8日(金)

目覚めると体が軽くなっていることに気付いた。昨日までのだるかった体から脱皮して新しく生まれ変わったような、普段使いしているスーツを新調したような心地が体を取り巻いていた。完全復活、の4文字が私の頭の中で投影された。なぜどうしてここまで体が軽いのか理由は分からないけれど、生まれ変わったような気分で朝を迎えると、今までおざなりにあしらってきたものの大切さを知るとともに、大切にしてきたものがあまりにも醜くて、不意に顔を逸らしたくなった。今日も東京は晴れていて、こんな軽い体で仕事をするのはあまりにももったいないのではないか、どこか遠くの緑地でピクニックでもして過ごした方がいいのにな、と労働者であることを恨めしく思った。体の軽さは出勤して仕事をこなしていっても変わることはなく、どうしてなぜ、という疑問が常に浮かぶので、とりあえずの答えとして、「昨日のCRYAMYのライブで心身ともにリフレッシュ出来たから」としておいた。昨日のライブは本当に素晴らしかった、今まで生きていてよかったと思えるほどのライブだった。体を十分に動かしたお陰で夜はぐっすりと寝ることが出来た。これか、運動をして熟睡したから体が絶好調なのかもしれない。今まで運動をおざなりにしてきた自分を恨むとともに、今日はなにがなんでもリングフィットアドベンチャーで汗を流すことに決めた、今。外でジョギングするのもいいかもしれないが、午後8時以降の外出は控えなければいけないそうなので、室内で体を動かすことにしよう。私は居酒屋で管を巻くようなくだらない人生を送っていないからいいけれど、居酒屋を自分の拠り所としていた人たちはこの1カ月は肩身の狭い思いをするだろうし、そもそも居酒屋で自分の居場所を作ることが浅はかな考えであった、とまではいかないけれど、軽率な行動だったのではないかと思う。今の私はどんなことに対してもずけずけとモノを言っていきたい気分なので、読んでいて苛つくような人は今後は読まないことを推奨します。

 


私の会社でも2回目の緊急事態宣言を受けて、在宅勤務の日数を増やすとともに、客先との会食は原則禁止となった。他にもお昼休みは時間をずらして取るとか、昼ご飯は一人で取るとか細則も併せて掲示されたが、それを守っていない人がいるのが嘆かわしい。その人たちは「いつものノリ」で仲間と連れ立って外食しているのだろうけれど、その行為のおかげでどれほどの被害を被っているのかを考えたことがあるのだろうか。最近では会社でのクラスターが散見されるようになったが、なぜクラスターが起きたのかを突き詰めていくと、同じフロアで仕事をするのが原因ではなく、昼食時にマスクを外してお話ししているのが原因だと考えられている。客が軽率な行動を取ったせいで、「この店で新型コロナの感染者が出た」と分かればその店への客足は遠のくだろう。自分が大切に思っているお店にご飯へ行くのはいい、ただそれは周りに飛沫を飛ばさない前提で、ということを忘れないでほしい。私は相変わらず弁当の毎日を送っていて、正直なところ人気店へ行き美味しいものを食べたいけれど、感染のリスクが1%でもあるような場所には近づかないようにしている。もし罹ったとしても、「あれだけリスク回避したのに、罹っちゃったんだからしょうがないね」と思えるような行動を常に取りたいと思っている。そうは言っても私だって完璧な人間ではないので、ついつい感染リスクの高い行動を無意識に取ってしまっていることもあるので、もう家から出ないほうが一番有効なのではないか、いっそのこと人がいないような田舎へ3年間くらい移住してみるのもいいかもしれない。ただ、今の職場では完全なる在宅勤務は不可能なので、転職するか起業してしまうかしないとそんなことは不可能なんだけれど。

 


金曜日になると、「明日は休みだ」と午前中からわくわくしていた話も今は昔、金曜日だろうが何曜日だろうが会社に赴くときや仕事をしているときの気分に変化はない。早く終わって欲しいとも、出来るだけ長く続いてほしいとも思わない。ただ、「無」の感情が私を覆っていて、その層があまりにも分厚いので不感症のような気分である。日々に刺激がない、例えば同僚と話して気分が良くなるとか、難しい仕事をなんとかこなして達成感を得るだとか、気難しい先輩の言うことに辟易してしまうだとか、そういったことが皆無な世界で生きている。何も起こらない、何も起こそうとしない世界でただ揺蕩っていると、「自分は、今、存在しているのだろうか」と不安になり、その不安はプライベートの時間に爆発するわけではないが、多少の不和を起こす。その不和が積もり積もって希死念慮に繋がり、死の世界へと斡旋するような表現に自分から飛び込んでしまう。死の世界に繋がっていられる時間はなんだかふわふわとした気分になって、こんなに楽になれるのならさっさと死んでしまったほうがいいのではないか、という。そういうことを考えてしまうのが一年のうちに数回あって、つい先日もそんなことがあった。本棚に大事に飾ってある「八本脚の蝶」を読もうかとやきもきして、でも読む勇気もないので暫く連絡を取っていなかった親と電話で話したのが昨日のお昼。頭が死ぬほど痛くて、「死にたい」と考えている余裕もなく、馴染みのある声を聴きたかった。「こっちでもみんな、調子が悪いよ」と、心配そうに母親は言った。親自身も、兄姉も激しい寒暖差により体調を崩しているそうだ。私の家族も私と同じように体調を崩している、ということを知れただけでもホッとしたし、そのあとに続いた母親の何気ない話で強張っていた体がするすると解けていくように、そうして少しだけ心が軽くなった。そんなことで人は死ぬことが急に怖くなり、死ぬことを考えなくなる。またいずれ死にたくなったときのために、「死なないため」の表現をまとめておこう。本だったり映画だったり、それこそ近くにいる人の何気ない一言であったり。そういうことで人は死を思い留まれる、「まあ仕方のない人生だけれど、明日も生きようかな」という気分になれたりする。そんな気分がいつまでも続けばいいな。

 

 

今日は余裕を持って仕事に取り組めた。日頃から仕事がスムーズに進められるよう、細かなところまで配慮を配って行動してきたおかげだろう。難しい仕事に躓くこともなく、任された仕事をただ淡々とこなしていった。途中、書類の場所が分からなかったので同僚に助けてもらう場面もあり、私は一人で仕事をしているわけではない、仲間と支えあいながら仕事をしているのだということを再確認した。同じフロアにいる人は皆自分の仕事に夢中で、他人の揚げ足を取るような真似をしている愚かな人間はいなかった。穏やかな世界、そこで私は気を張ることもなく、かといってリラックスしすぎることもなく、ちょうどいい塩梅で仕事をしていた。まさに理想の職場、ここよりも居心地のいい職場があったら教えて欲しい。互いに切磋琢磨出来る環境がきちんと整えられており、お互いが最高のパートナーであり良きライバルでもあった。不平を漏らす者はおらず、それどころか、「もっと仕事をください!」と仕事を請う者すらいた。そういう人に限って、いざ仕事を任せられると、「えっえっえっ、こんなこと教えられていないんですけれど......」と驚愕し、鋭い目つきで上職者を睨むのだ。あれ、穏やかな世界だと思っていたけれど、よ~く観察してみるとひずみが生じている箇所が幾つかあり、そこを修復しようとしている者はおらず、誰かが困っていても見て見ぬ振りをしていた。なんだここ、別に素晴らしくもなんともないじゃないか。呆れかえった私はフロアの奥底にある、誰も存在を気付いていないトイレに籠って、転職サイトを開いていた。めぼしい求人情報は見当たらず、「営業職、急募!!」というフレーズが溢れかえっていた。この世界に溢れているものは魅力的なものが乏しくて、それでもなんとか他者に売りつけるために営業職が会社に必要とされていた。「未経験者歓迎!!」だなんて嘘っぱちで、どうせそんな会社に入ったところで、「なんでそんなことも知らないの。頭にちゃんと脳みそは詰まっているの?」と嫌味な先輩にネチネチ怒られるのだろう。スマホをズボンにしまって、職場に戻って仕事を再開する。何事もなかったのように、カタカタカタカタとキーボードを叩き続ける。いつかこのキーボードが弾け飛んで、私の存在が必要なくなればいいのにな。何考えているんだろう、疲れているのかな。

 

 

家に帰って、夕飯などを済まして、明日からの3連休に現を抜かしてしまったせいだろうか、久しぶりに韓国ドラマを観た。親から「観たほうがいいよ」と会うたびに薦められていた「知ってるワイフ」(2018)の1~3話を観た。ハン・ジミンが出ている時点で勝ち確定のドラマなのだが、夫婦のタイムスリップもの、ということで「ゴー・バック夫婦」(2017)を思い出した。「知ってるワイフ」と「ゴー・バック夫婦」が今のところ違うのは、「ゴー・バック夫婦」が夫婦二人が学生時代に戻って、学生をやり直すのだが、「知ってるワイフ」は夫のほうだけが学生時代に戻り、ある行動を取ることでその後の未来が変わる、というもの。24時過ぎまで夢中に観てしまうくらいに惹きこまれるドラマではあるが、今のところ「ゴー・バック夫婦」の方が面白い。ここからどのようにより面白くなっていくのか、それともそのままで終わってしまうのか、なんとか最後まで鑑賞して確認したいと思います。

 

f:id:bigpopmonsterpro:20210109223120j:plain

「知ってるワイフ」(2018)

 

3話を観て、ぎりぎりの眠気で耐えていたところで、もう無理だと感じてロフトに上がり、布団に潜りこんだら一瞬にして寝てしまっていた。明日からの3連休が実り多いものになりますように。