眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2021年1月6日(水)

今日も昨日と同じような一日。二日分の記録を左右に並べて、まちがいさがしをしたところで、「どこがちがうの、どっちもおなじいちにちじゃないか」とけちをつけられるだろう。人生の終盤で今までのことを思い返したときに記憶から浮上してこないような、ありきたりで、でも狂おしくなるほど愛しい一日。コロナコロナでもう辟易してしまった、東京では新規感染者数が1,500人を超えて過去最多記録を更新した、そんな状況なのに明日宣言されるものは効果がそこまで期待できないもので、去年の3月からあんたたちは一体何をやっていたんだ。政治に疎くて、誰がどのように信頼足りうる存在なのかよく分かっていなかった私でもこいつらは能無しだと分かる、それくらいにこの国のトップは腐敗しきっていて、もはやそんなところを頼りにするのは馬鹿馬鹿しいだけ、改めて自分を守れるのは自分だけなんだと認識した。世界ぐるみの運動会をすることに躍起になり過ぎて、現実を直視できていない連中の話は聞くに足りない。ニュースで連中の言動を見るだに不快な気持ちになる。だからもうテレビもネットも、コロナ関連のことはあまり見聞きしないようにしている。うんざりするばかりの情報を仕入れていて、それはあなたの人生を豊かにしてくれるものなのですか。いっそのことテレビもスマホもパソコンも、跡形もなくなるくらいに粉々に砕いてしまって、部屋に籠って積み上げた本を読んだり、それともいっそ田舎に引っ越して新鮮な空気を吸いたい。マスク越しに呼吸をしていると、未来の人間になったかのように錯覚してしまうけれど、実際はそんなことはなくて、未来の人はこんな息苦しいものを顔に貼り付けているわけがないのに!と一人愚痴を零したりしてみる。

 


東京に帰ってきてから家族と一切連絡を取っていない。取らなければ取らないでなんとか日常は進んでいくもので、このままどちらからも働きかけがなかったら関係が途絶えてしまうだろう。会社を辞めて、遠いところへ引っ越しをして、電話番号を変えてしまったら、もう私と連絡を取ることは不可能なのではないか。そんな危ういことを考えていると、家族とは、恋人とは、友達とは、と考え始めてしまうので、咄嗟に掴んだ本に記載されている文章を淡々と読み下していく。意味のないことも、意味のあるように見せかけるこの世界のマジックをそっと暴けばいいよ。

 

 

今日も一日中頭の痛い日であったし、それはもうどうしてなの、私が何か悪いことをしたのだろうかと途方に暮れる。暇であったし、それを許容する、というか放置しているような職場なので、何かを期待することは場違いなのだろう。この部署に配属される前は、「これでやっといっぱしの社会人になれる」という淡い期待を抱いていたが、経理チームで10か月間過ごしてみたが期待が現実に変わる気配はなく、より一層自信を無くしている。営業にいた頃は今よりも環境が過酷、暇で何もしていないと、「おいおい、金を貰っているのにその態度はなんなんだ」と上司に叱られ、嫌々新規営業に行く、でもうまくいかずに凹む、ということを何度も繰り返していて、その時は自分の状況を呪っていたが、今となってはあの頃の私は頑張っていたな、と感慨に耽ることがあり、それは今よりも自分を追い詰めていたからだろう。今は頑張るという概念が消失した世界で、最低限のことをしていたら上司から鬱陶しく詰められることはない、ただ置物としての存在を許容してくれる、というか放置している状況で、そんな状況が良いとは思えないけれど、悪いとも思えないのは、コロナで日本、世界のあらゆる産業が冷え込んでいて、転職活動をしたところでまともな会社には潜り込めないだろうから、今の会社にへばりついて、暇でもそれを我慢するのが生きていく上での最適解だと分かり切っているから。反骨精神の強いお方は、「こんなときだからこそ起業するのではないか(日本を明るくするのだ)」と鼻息荒く持論を語るのかもしれないが、無駄に波風を立てないで生きていたい私は、今の職場でひっそりと、いるのかいないのかの絶妙なラインで生きていくことを選ぶ。それは間違っている間違っていないの話でない、それしか私が快適に生きる道がなかったから。それは少々寂しいことではあるが。

 


お昼は今年初めての弁当を食べた。昨年末のラインナップと同様、唐揚げ、ポテトサラダ、純豆腐のスリーコンボをかましていた。昆布をご飯に載せるのは忘れてしまった。昼休みは1時間もいらない、どうせ食事以外の時間は惰眠に費やしてしまうのだから、30分で切り上げて、定時を30分早めて欲しい、私はさっさと家に帰って趣味の時間を大切にしたい。最近はめっきり韓国ドラマを観ることがなくなって、その代わりにNetflixで映画を観るようになったし、本をすすんで読むようになった。今日は図書館で借りてきた本をいくつか読んでみるつもりで、だから一層早めに仕事を切り上げたかった。明日に緊急事態宣言が発令されるということで、うちの会社では20時以降の残業が原則禁止になった。残業をしないと仕事が回らない人、生活残業をしていたことで家のローンを払っていた人は苦しい状況であるかもしれないが、そもそもの話、定時までに仕事をするのが基本で、残業というのはあくまでボーナスタイム、あると思って動いてはいけないと思う私は、暇で暇で仕方がないからそんなことを考えていられる余裕があった。残業代はいらない、さっさと帰らせてほしいのだ。

 


家に帰ってもまだ頭がほんのりと痛かった、寒暖差が激しいことにより副交感神経がうまく働いていないのだろう。たらこマヨパスタを飽きることなく食べて、さっそく読書に耽ることにした。まずはイ・ランの「アヒル命名会議」を100ページほど読んだ。思っていたよりも読みやすく、思っていたよりも浅い世界観でちょっぴり残念だった。次に本命である郝景芳の「1984年に生まれて」を読んだ。読み始めてすぐに、「これは本物だ」と直感し、読み進めていくうちにその直感は確信に変わった。翻訳ものはまず文章の不自然さで躓くことが多いのだが、翻訳者が素晴らしいのか読んでいても全然躓かなかった。そして主人公とその父親にうまく感情移入することが出来たことが一番大きかった。自然な人物像をうまく描いているので、彼らがどのように動いていくのかがすごく気になって、ページを手繰り寄せる手が止まらなかった。これが面白い小説というものなのか、と今まで読んできたへなちょこ小説のことを遠目に思った。自分の現状に満足していない、それを打開するためには外の世界に飛び出す必要がある、けれどそれはちょっと怖くてなかなか踏み出すことが出来ない。という状況を父親と娘のふたつの話をリンクさせながら進めていく才能に脱帽した。この小説が2021年に読んだ小説のなかで一番面白いと胸を張って言えるのかもしれない。人物の内面描写もことこまかく描いていて、書き留めたくなる文章がたくさんあり、なかなか前に進めないのが億劫だった。何の気なしに手に取ってみたけれどこれは正解だった、このような小説をずっと待ち侘びていたんだよと嬉しくて、でも夜も更けてきたのでそろそろ寝ないといけないのが残念だった。テレビを見ている余裕なんかなく、「1984年に生まれて」を1ページでも多く読むことが夜の私の使命になった。

 

 しばらく佇んでいると、心の中で自分でも説明のできない変化が起こってきた。ようやく、なぜ父が、長年戻ってこなかったのかが少しわかった気がした。この場所に残るということは、まとわりつく過去の何もかもを放棄することであり、今後何も望まず何も失うものもないということである。ここにただ住むだけ、ここは自分とは何の関係もないのだから、ここの何ものも求めなくてよいし、この地も何も求めてこない。ただ風景を見るのみ。喜びも悲しみも込めずに、自分の成績や立ち位置について心配する必要もなく、この場所は故郷とはこんなにも違っていて、すべてを視覚でとらえ心に照らす必要はない。でも、これで本当にいいのだろうか。
 下山の時の石段は幅が広く、ずっとなだらかだった。私は両手をポケットに突っ込み、下を向いていた。父は私の様子を見たが何も言わず、しばらくしてから、「どうしたんだ、何考えてるんだ」と尋ねた。
 「父さん」私は言った。「信じてもらえるかな、私みたいな凡庸な人間でもある種のクオリティを生活に求めているってことを......それも、いつもみんなが言ってるみたいな、美味しいものを食べたり飲んだりするというんじゃなくて......別の種類のクオリティを」
 「もちろんだ。信じるよ」父は慰めるように言った。「どんなクオリティなんだ?」
 「うまく言えない。ある種のたぶん......意味のあるいい生活、って感じ」私は言った。「本当は文句を言う筋合いはないのはわかってる。いろんな面で結構順調だし、最高でもないけど最悪でもない。卒業したら勉強でも仕事でも、どっちをやったっていいし。大した成果は出せないだろうけど、もともとそんなに出来がいいわけじゃないから、ぜいたくは言えない。そんなことはわかってる。でも内心で受け入れられなくて。父さん、この感じわかる?つまり心ではどっか焦っていて、満足できなくて、もっといろいろ探してみたいって思ってて、だけど何に不満なのか自分でもはっきりしない」
 「わかりすぎるほどわかるよ」父は優しかった。
 「私は、ただ......」少々混乱してうまく言葉が見つからない、「この世界に本当に自由ってあるの?」
 「いま不自由に感じているのかい?」
 「あっと、そういう意味じゃなくって。ただ......なんか自由が感じられないの」私は続けた。「小さい頃は、いつか自由の感覚をつかめるはず、ってずっと思ってて、なのに今もつかめていない。なにも誰かから強制されたり奴隷みたいにこきつかわれたりしたわけじゃないのに。でも自由を感じないの」

郝景芳「1984年に生まれて」p27,28

 

 

24時30分を過ぎて、(そろそろ寝ないといけない)と思い電気を消したのだが一向に眠気が訪れることがなく、これから2時間弱、時間と格闘することになるのだが、詳しい描写は割愛する。この時は、次の日の朝に激しい頭痛に襲われるだなんて微塵も分からなかった。