眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

刺激がないと生きている心地がしない

タイトルの通り、刺激がない人生は生きている感じがしない、そもそもそれは人生と呼べるものだろうか。私にとっての刺激とは音楽であり、ドラマであり、小説であり、漫画である。それらをがぶがぶと享受しているときに溢れだす心の高揚、それを出来る限り長い間味わっていたいし、高揚していない時間はあまり楽しくない。刺激ばかり追い求めているのは私がまだ若いという証拠だと思いたい。結婚して、子どもが出来たら、刺激なんて言葉から離れた生活、なんというかふつうの生活がえんえんと続くことになるだろう。自分勝手に楽しんでいるとパートナーから突かれるだろう、子どもに構っていないといけないし、家族の事をしていたら趣味を謳歌する時間は殆ど無い。自分の時間を家族に捧げる、それを人は幸せと呼ぶのかもしれない。私だってそのような幸せな時間を送りたいと思っている、でも素直にそういった願望を口に出せないのは上手く人と接することが出来ないから。別に誰しもが結婚して家庭を築かなければいけないわけではない、昔に比べたら独身でいても奇異な目で見られることはない。しかしいつまでも趣味に没頭できる体力が持続するとは思っていない。突然、「あ、素直に楽しめない」と思える瞬間がやって来て、そんな瞬間が来たら結婚していなかった現実を後悔するだろう。でも本当に好きなものだったら滅多なことでは飽きることはないだろう。もっと好きなものの幅を広げていきたい。今は受動的な趣味が多いけれど、そろそろ能動的な趣味を持った方がいいと思っている。創作することで自分の心に染みついているものを吐き出せるような、曲を作るでもいいし小説を書くでもいい、そんなことを出来るようにすれば一人の時間がより楽しくなるような気がしている。能動的に動くことで受動的に楽しむことよりも何十倍も面白さを感じられるだろう。こうやって文章を書いていることは音楽を聴いたりドラマを観たりすることより面白い瞬間があって、だから文章を書くことはやめられないのだ。