眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

もう一つのハッピーエンド

なんかもう生きているだけで丸儲け、という風に考えられなくなってきている。このままコロナの感染が拡がり続け、私たちの生活が今まで以上に制限されたとして、それでいいのか、そのまま生を続けていくことに意味があるのか、という話。私の趣味であり生き甲斐である「ライブ」と「海外旅行」が制限され、外食も十分に堪能できず、家でこそこそとドラマばかり観ている生活に満足できるのだろうか、という話。東京に出て来て、もういい歳なので恋愛をして結婚がしたい、と思っていたけれど人との接触が制限されるような生活がいつまで続くのか。もし現状の新型コロナウイルスに対するワクチンが出来たとしても、奴らが常に変異し続けて人間の生活を脅かすとして、じゃあワクチンなんて一過性のものに過ぎず、自粛することが私たちの当たり前、在宅勤務が私たちの当たり前になっていくことに対してどのように立ち向かっていけばいいのか、という話。恋愛もののドラマをたくさん観ているせいか、恋愛に対する欲求、結婚に対する欲求、子どもに対する欲求は日に日に増していっているのに、それを実現させるための行動、つまりは街に繰り出して相手を探すという行為が危険性を孕んでいる今の世の中で生きている、生き続けていくことが果たして是なのか、という話。こんな話を出来るような人は私の周りにいない、皆既にゴールインして、せっせと子育てに励んでいて、私と彼らの距離はますます遠ざかっていく。気軽に帰省することが難しくなり、オンラインでの接触にも飽きて、じゃあもう彼らとコミュニケーションを取ることがなくなる、彼らとの関係が年々希薄になっていくことに対する抵抗がなくなっているのは、元々そこまで分かりあえていなかった、分かりあいたいと思っていなかった。大学時代、という暇な時間をただ潰すだけの関係だったの、そんな風に思いたくないよ。コロナのせいでたくさんの可能性が握りつぶされている今、未来、今までの考え方で生きていくことはおそらく賢明なやり方ではなく、新しいことが求められているから新しいやり方で立ち向かっていくことがきっと大切なのだろう。ぐちぐちと愚痴を垂れ流していんじゃなくて、もういい歳した大人なんだから、今までが駄目だっただからこれからも駄目だと悲観的になるのではなく、今からどのように未来を変えていけるか、自分の望んだ世界に変えていけるかを懸命に考えて、リスクを伴うとしてもそれを実行し続けていくしかない。どうせ生きているなら、楽しく生きたいから。