眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

今日の借りは明日返すことにする

毎日、2本の文章を書いているとさすがに両方を満足に書けない日がある。そもそも、「なにもしたくない」という日は1ヶ月に1日くらいはあって、じゃあそういう時はどうするのか。ぎりぎりまで文章の事は考えないで目の前の享楽にどっぷり浸かり、ただただ今が楽しいことだけを感じて、そうしていると今まで考えたこともなかったようなことがぽつりぽつりと頭に浮かんできて、そうしたらあとはそれを文章に落とし込むだけ。それが出来ないときは素直に諦めて、書き溜めていた文章を放り投げる。それはなんとも情けない、恥ずかしいことなのだが、そもそも毎日2本の文章を書くことは仕事でもなんでもない、誰かから命令されてやっていることでもない、自分がただやりたいからやっているだけの所業で、じゃあなぜそこまで私は私に苦しめられなければいけないのか。小学生の頃は好きなように文章を書いて、好きなように他人に送り付けていた。今思えば相手にとっては非常に迷惑な行為であったと思うけれど、当時は相手の気持ちまでは考えず、ただ自分が書いたものは相手にとっても面白いものだろう、と思っていた。小中高の友人知人その他諸諸とは一切連絡を取っていない、彼ら彼女らが元気にやっているのか、結婚しているのか、仕事で忙殺されているのか、借金を返すのに奮闘しているのか、それとも子育てに奮闘しているのか、私と同じように独身でいるのか。ちょっとだけ興味があるけれど、誰一人連絡先を知らないのでどうしようもない。別にまあ、これからの私の人生に影響は与えないので知らなくても別にいいんだけれど、一人くらいは連絡が繋がっていたら良かったのに、私は環境が変わるごとに人間関係をリセットし続けて来て、もし今の会社を辞めてしまったらまたリセットして再スタートするのだろう。なんて寂しい人生なのだろう、そんな人生を望んでいたわけではないのに、どうしてもこの人に甘える能力が乏しい、相手が気になっているのに素直にそれを表現できない性格が足を引っ張っている。話が脱線してしまったが、可能な限り1日に2本の文章を書き続けていくつもりだし、願わくばその文章が今この世界で生きている誰かに読まれてほしい、贅沢な願いだけど。