眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年12月27日(日)

「君にたどり着くまで後どれくらいかかるんだろう
私は、ごめん、ふわふわ わがままだな」

 

年末年始なんてあっという間に過ぎてしまう。「あっ」と言う間に過ぎてしまうのに、私はだらだらと睡眠を貪っていた。この1週間で私の体はだいぶ疲弊してしまったのか、そもそも普段の疲れが休みの時に癒されていなかったのか。ぐったりとした体を何度も右へ左へ移動させながら、ようやく起きたのが11時過ぎ。1日の半分が終わろうとしているのに、そこまで焦ることもなく、黙々と目の前に置いてあるパンを食べていた。兄が買ってきたという、「365日」のパンはとびきり美味しくて、ずっと美味しいものを食べていたい気分で揺蕩っていた。駅前で買った塩パンも食べて満足した私は、再び自室に戻り、布団に包まりながら小説を読んでいた。読み始めてちょっとしたらまた眠気が襲ってきて、別に起きていなければならないような理由もなかったので、本を閉じてうとうとしていたらまた眠りに落ちていた。

 

 

次に起きるのが16時過ぎなのだが、この間にたくさんの夢を見た。物覚えが悪いせいか、どんな夢を見ていたのかはさっぱり覚えていない。ぐったりとした体で再び起き出し、眠気はもう無くなっていた、テレビでは有馬記念が流れていた。それを横目に見ながら、私は特に真剣に考えるようなこともなかったので、ぼおっとしていた。去年の今頃は「新年の仕事の、車の運転はどうしたものか」とやきもきしていたが、今の私にはそんなストレスは存在せず、ただ(こんな楽な状況がいつまでも続いていいのだろうか)とぼんやり考える位で、悩みなんてなかった。なかったと言い切ってしまうのは簡単だけれど、ちょっとした悩み事、例えばそろそろ結婚したほうがいいのではないか、でも自分としては一生共に過ごしたいと思うような相手に出会っていないのに、先に「結婚がしたい」と考えるのは本末転倒なのではないか、ということをだらだらと考える位で、それもたまにちょっと考える位、普段はあまり意識のしないことだった。身近にいる既婚者のことを考えると、(自分もそろそろ......)と考えさせられるが、一人でいる時間が長いとそんなことはあまり考えなく、ただ目の前の娯楽に没入するだけであった。

 

 

そんな緩い感じで過ぎていくのが年の瀬というものだろう、と自分に言い聞かせている。ここでだらだらせず、自己研鑽に必死になれば他と差がつくだろうけれど、だらだらとした仕事をしていると自分を高めたいという欲望が芽生えにくく、ただただ、「好きなことを好きなだけしていたい」という欲望で包まれる。今の私はただただ読書をしていたい、あらゆるジャンルの本をたくさん読んでいきたい、でも読むスピードは遅いし、集中力もそこまでないので、一冊の本を読むのに何日も費やすことになった。最近は「小説」という小説を読んでいて、同じことを何度も何度も、まるで自分に言い聞かせるように書いているのが印象的な小説で、今まで出会ってこなかった類の小説なのでそこそこ夢中になっている。最初の方は家族との不和が描かれていて、それが鮮明な描写で描かれるので読むのが辛かったが、後半では著者の小説との向き合い方が訥々と語られて、それは読んでいて非常に愉快な気分になるものだった。読みやすい文章なのですいすいと読み進められるが、同じ内容が繰り返し書かれているので途中で飽きて、他ごとを考えていたら本を読む気が失せていて、気付いたら本を閉じていた。

 

 

夜は家族揃って焼肉を食べた。まずは牛肉で、一人暮らしをしているときにじゅうじゅうと焼いている肉を食べることはないので、新鮮な気持ちでお肉を食べることが出来た。お肉と一緒に焼いている野菜もそれはもう美味しくて、茸も一緒に焼いていたので、夕飯の時間は非常に愉快な気分だった。後半は豚肉と鶏肉が投下されて、牛肉をたくさん食べたのでお腹がいっぱいだったが、まだまだ夢中になってお肉を食べていたらお腹が膨らんで、もうこれ以上は食べられない、という限界のところまで来て、夕飯は終わった。焼肉ということでビールを用意していたが、ビールを飲んだらそれだけでお腹が膨れてしまうので、結局はお茶をちびちび飲みながらでの夕飯となった。夕飯を食べ終えて、テレビで流れている「全日本フィギュア」女子のフリーを眺めていた。スポーツというものに殆ど関心のない私は、お茶の間のテレビでフィギュアが流れていても興味を示さなかったが、最近はどうしてかスポーツを観るのも吝かではないと思っていて、昨日に続いて夢中になっていてフィギュアを観ていた。完璧ではないからこそ、人間くささ溢れる演技は観ている人を魅了するのだろうし、それは私にとっても同じことだった。「紀平」「紀平」と家族が嬉しそうに話していたので、私も注目して彼女の演技を観ていたが、それはもう素晴らしい演技であった。素人目にも「良く出来た」と立ち上がって拍手したくなるような演技で、2022年の北京オリンピックでも素晴らしい演技が披露されることをついつい期待してしまった。それまでにコロナが落ち着いてくれていればいいけれど。まずは来年の東京オリンピックだよな......。

 

 

湯船に浸かってじっくりと体を温めてから、自室に戻って一昨日からのことをたどたどしく思い出しながら書いている。私の記憶はさほど優れたものではないので、その日のことはその日のうちに書いてしまったほうがいいのだけれど、「別に書きたくない」日に文章を書いていても面白い文章が書けるわけでもない、文章を書いている時間がただただ苦痛なので、(文章を書きたいかも)と思った瞬間に溜まった分も合わせて文章を書いているのが最近の癖である。実家の自室の、本棚に並べられている本のなかにはまだ1ページも読んでいない本があって、それはいったいいつ読まれるのだろうか。それは私が決めることなのであれこれと悩むのは時間の無駄だろう、買ったんだから一度は読まないとその本に恨まれそうで、だから読書の波が来ている今のうちに一気に読んでしまいたいのだけれど、私に残された時間は長いようで実は短くて、その大半は睡眠に消費されてしまうので、人生は思うように進んでいかないことを思い知らされるのである。

 

 

24時30分ごろには寝てしまいたい、明日こそは外に出て適度な運動を取らなければ、と軽い焦りが生じていた。寝れるかな、寝れるだろ。