眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

夢は夢のままにしておくことにした

平日、22時過ぎ、一人暮らしの寒い部屋。夢中になって読んでいた本に区切りをつけて、ふと、「自分は一人であるな」ということを実感する。物音が全くしない部屋で、先行きが不透明な世界に包まれて、「どう転がっても自由です」と言われている、それはもう自由ではないのではないか。日々の生活はくだらぬ労働となけなしの趣味に食い潰されて、「潤沢」という言葉からかけ離れている。子供の頃に叶えたかった夢がなんだったのか、それはたぶん知っているけれど知らないふりをし続けて、それでもなお私の中で夢として残っている。夢を叶えてしまったらそれはもう夢ではなく「現実」になってしまう、それはちょっと寂しい気がする。あとどれくらい生きられるのかは分からないけれど、新しい夢を抱くことはないと思ってしまう、その思考の貧困さにうんざりしてしまう。大人になってから同じような灰色の日々ばかり過ぎていって、「生きる意味とは?」という途方もない問いを何度も繰り返しては心を痛めつけている。突然、「わっ」と叫び出したい衝動に駆られる、私はもう十分に生きたのだから。自分の命は自分の手でしっかりと握っている、誰かに握らせるつもりはない。どうしたらいい、という問いはもう捨ててしまえばいいさ。声を発することなくただ文字を飲み込んでいくだけの時間はむず痒くて、それでもまだ生きてるよ、ここで私は生きているよって耳打ちしたい。地元で暮らしている先輩、元気にしているかな。声が聞きたいな、落ち着いたらまた一緒にラーメンを食べに行こうね。