眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年12月18日(金)

「ベルが鳴ってるあの子をずっと待ってる そのベルが
そんな風に段々段と幸せが増えて
この街が色づいてく」

 

2日ぶりの出勤なのに久しぶりに感じてしまうのは、昨日という時間があまりにも悠々としていたからだろう。だから出勤に対して悪いイメージは持たなかった、しかしそのイメージは満員電車に乗ってすぐに打ち砕かれた。緊急事態宣言を出さないと在宅勤務が出来ないのか、と思うほどに電車はぎゅうぎゅうに混んでいた。緊急事態宣言を出していた頃よりも事態は深刻化しているのに、どこか日本は平和ボケしている。それはコロナ騒動が起きる以前からの問題でもあるのだけれど。仕事が始まって、ようやく仕事が適切に支給される日々になったことに気付く、ここから2週間弱は仕事に困ることはないだろう。依頼していた資料が届きそれを処理しながら、新しく支給された仕事を淡々とこなしていく。仕事をしているとき、人とコミュニケーションを取るということが殆ど無い。9割以上の仕事は会話をせずとも処理できる仕事であるし、あとの1割弱は井戸端さんの話し相手に付き合っている状況である。そろそろ彼女の愚痴を聞くことには飽きてしまったので、波風を立てずに愚痴を言うのは他の人にしてくれないか、と伝えられるようなスキルが欲しい。無視していればいずれは諦めてくれるだろうが、そんな冷たい真似が出来るような人間ではないので、ずるずると彼女に付き合わなければならないだろう。はぁ、めんどくさい。淡々とこなしていく仕事、既に慣れが生じて興奮というものは生じない、それがずっと続けばいい。問題が生じ、それの対処法が分からなくてうんうんと悩むより、やり慣れた仕事を淡々とこなしていく方がいい。仕事をすることによって自己成長したい、なんて図々しいことは考えない。誰もしたがらないような仕事をしているからお金を貰えるのであって、そこに自分の欲望を混ぜると罰が当たるだろう。仕事が適切に支給される、といってもずっとカタカタキーボードを叩いているわけではなくて、空白の時間が必然的に生まれる。そのときに深刻そうな顔をして天を仰いでいると、(この人は今、大変な仕事に直面しているのだろう)と周りの人が勝手に考えてくれて、例え頭の中では明日の夕飯は何にしようか、と考えていてもそんな暢気なことを考えているようには見えないだろう。そこまで現実は甘くないかもしれないが、今のところ「仕事中にサボってんじゃないぞ」と誰かに叱られたことはない(呆れ果ててものが言えないかもしれないが)。そんなことをぼんやり考えながら、明日の結婚式のことを考えていた。

 

 

 

招待されたときにきっぱりと断るべきだった。久しぶりに同期に会えるから、という理由で安直に出席することにした2カ月前の自分を恨んでいる。そんなこんなでお昼休みになった。お弁当(唐揚げ、ポテトサラダ、純豆腐チゲ)を黙々と食べる、SIX LOUNGEを聴いて今日のライブへの期待値を上げていく、急激に眠気を感じたから15分ほど集中して眠る。あっという間に昼休みが終わった。最近は外食を全然していないけれど、それでもなんとかやっていけるのだな。混雑が緩和されたら、久しぶりに海鮮丼のお店に行きたいけれど、まだまだ混んでいそうだし。今年の賞与は去年に比べてだいぶカットされてしまったので、節約しなければいけないのだけれど、本とか音楽にじゃぶじゃぶ使ってしまうのを「仕方がない」の一言で済ませてしまうのも良くないと思う。そのへんのお金の使い方に関してはしっかりと考えるべきである、私はそこから逃げ続けた、だからお金があまり貯まらない、という現実を直視しなければいけないのに。

 


午後の部が始まる。午前中におジイさんから依頼された仕事の片が付いたので、それを渡す。「それはそれでいいんだけれど、でもこれはどうなるんだっけ?」と聞いてきて、それは私に聞いても分からないこと、修正してくれと頼んだ人に聞けばいいんじゃないのか。ということを彼に伝えるのは難儀、なかなか理解してくれない、同じところをぐるぐると回り続けているので何度も同じ確認を行っていると、目の前に上司が立っていた。じーっとこちらを見ていて、何も声を発さない。不気味に思った私は(おジイさんとの会話が長いから、こちらを監視しているのだろうか)と気付き、結論はついていなかったがそこで話を中断した。しかし、私に仕事を押し付けられたようだったので、もう一度おジイさんに話しかけると、今度は私とおジイさんの間に上司がやってきた。「えっと、なんでしたっけ?」ととぼけたふりをすると、「どうぞどうぞ、続けてください」と言われても、ねえ。鬱陶しかったので無理やり投げつけて会話を中断すると、「話がなげえんだよな」と決め台詞を吐いて去っていった。確かに話は長いと思う。でも、もし複雑な話をしていて、前提を理解するのだけでも苦労するような会話をしているときに「話がなげえんだよな」と言われたらどうすればいいの。仕事とは関係のないことをしている人は糾弾しないで、仕事の話をせっせとしている人にぐちぐち小言を言うの、はっきり言って鬱陶しいし、同僚との円滑なコミュニケーションを妨げていることに気付かないんですかね。まあ、別に同僚と密にコミュニケーションを取りたいとは思わないので、一人で黙々と仕事をしていたいので、面倒なことは周りに押し付けますけれど。性格が捻くれているのはどっちだ?

 


在宅勤務が週2日になってから、周りに人が少なくなり、呼吸がしやすくなった。大袈裟に深呼吸をしても誰も気に留めないような、そもそも人がほとんどいない、いると思っている人でも実は私の思い込みで存在しているのだけかもしれない。なんてことを考えていると、私ももしかしたら誰かの空想の産物なのかもしれないな、という恐怖を味わうことになった。それはそれで、別にいいんだけれども。

 


午後の後半はゆったりと時が流れていた。平和ボケしているな、とつっこみを食らってもへらへら笑ってしまうほど、何も起こらない。「お前は何を考えているのか分からない」と愚痴を零す人も、「日雇いじゃねえんだから、明日の予定くらい把握しておけよ」と罵る人も、「後輩に追い抜かれるぞ。全力で、行け」とプレッシャーをかけてくる人もいない。誰も私のことを気にも留めていない、私は本当に職場に存在しているのか、会社に在籍しているのかが不安になってくるくらいに存在感がなくて、それでも毎月決まったように給料が振り込まれているので、「一応、存在はしているのだろうな」ということは分かった。その生活に不安はあるけれど、前のように、常に緊張感を持ちながら汗だらだらで、口の中が渇ききって、思考がうまくまとまらないような地獄に比べたらだいぶ恵まれた生活を送っているな。こんな緩々な生活がいつまでも続くと思っているなよ。出来る限り長い間、このゆったりとした時間が続くことを願っている。

 


定時になった。毎日のように定時ぴったりに帰ると怪しまれるので、ちょっとだけ時間をずらして会社を出た。今日の夜は、今年2回目の恵比寿へ。極上の弾き語りライブを観るのだ。

 

 

bigpopmonster.hatenadiary.jp

 

 

ほくほくとした気持ちで家へと急ぐ。以前の私であったら暢気にラーメンを啜っているだろうけれど、今の私はけちんぼなので家へと急ぐのだ。家に着いて、シャワーを浴びて、久しぶりにカレーライスを食べる。ちょっと飽きてきたかな。

 

 

明日は結婚式なのだけれど、今日中に名古屋へ帰ることは出来ないので、家でのんびりと過ごす。先程のライブの余韻が凄い。みんな歌が上手かったし、最高の演奏をしてくれたし、お酒が入っているので非常に気分が良い。この夜がずっと続けばいいのに、と思うくらいに最高の夜で、だからいつまでもだらだらしていたいけれど、明日は早起きして新幹線に乗らなければいけないので、早く寝なければ。ということは分かっているのだけど、もうちょっとだらだらしていたい。ライブが開催されるようになって私の心は生き返った。ライブで味わえる感動は他のエンターテインメントでは味わえない。最近は新型コロナの感染者数が増えてきたので開催が厳しくなってくるかもしれない、行くのを楽しみにしているライブが中止になったら心のどこかが死んでしまうだろう。何度も言うけれど、ライブに参加するよりも満員電車に乗っている方がよっぽどリスクが高い行動なのだ。そんなことをぼんやり考えている夜でした。