眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年12月10日(木)

シューゲイザースピーカーを鳴らせ
世界の温度呼応して複雑化する思考回路
重低音倍音を上げて 明日が来て 依然、尚、鼓膜がどうも痺れる
判例は尽きない 生きる証拠実感したのは誰だ?」

 

もう寝落ちはしたくない。と思っても、また寝落ちしてしまう自信の情けなさに嫌気が差す。午前2時に目が覚めて、歯を磨く元気もなくロフトに上がって眠りに就く。変な夢を見ていた。どんな夢だったか覚えていないが、あまり目覚めのいい夢ではなかった。はっとして起きたら午前5時で、どうやら最近の私はストレスが積み重なっているのかもしれないことを痛感する。昨日頭が痛かったことも、ここ数日歯が痛み出してるのも、全部ストレスのせいなんじゃないかと思えてくる。再び眠りに就いて、またすぐに起きる、起きなくてはいけない時間だったのにだらだらと睡眠を引き摺れるのは今日が在宅勤務であるから。今日こそは就業前に近所の緑道を散歩しよう、という決意は無残にも崩れ落ちた。朝ご飯を食べ、パソコンで作業をしていたら始業の時間に差し掛かっていたので、上司に、「在宅勤務を始めます」旨のメールを送ると直ぐに、「了解」と返ってくる。黙々と仕事を進めていく。外からは9時過ぎからかんかんかん、と工事の音が聞こえてきて、私は一人で仕事をしているわけではない、という安心感がある。うるささももちろんあるが。暖房を3日前からつけていて、これが思いのほか部屋の中を暖かくしてくれる。が、同時に部屋の湿度が低下して、喉が渇いてもしまう。そして、暖かい環境に居ると次第に目蓋が重くなってきてしまうので、テキトーなところで暖房のスイッチを切って、余熱でなんとか我慢しながら仕事を進めていく。家で出来る仕事は現状、たいしたものではないので、10時を過ぎる頃には殆ど終わっていた。このままだと給料泥棒になってしまうので、簿記の勉強を始める(これでも立派な給料泥棒のような気がしているが)。既に学習済みのところをもう一度丁寧に読み返し、理解が深まったところで過去問をひたすらに解いていく。手が勝手に動いてくれるようになるまで、緻密に思考を巡らしながら過去問を解いていたらお昼休みになった。上司に昼休みに入る報告をして、早々にパスタを茹でる。最近は毎食のようにお米お米お米、と来たので久しぶりにパスタが食べたくなっていた。 安定のたらこマヨパスタを食べて、このまま家で昼休みを過ごすのも勿体ない、ということで外に出て散歩をした。せっかくなので近所の商店街まで足を運び、この時間帯の人通りがどのようになっているのかを確認した。平日の昼間なのに若者が私服で歩いているのを見て、(仕事はどうしているのだろうか)と思い、自分も同じように私服で歩いていたので、(在宅勤務の昼休みなのだろうか)と思いを馳せた。寿司屋の前を通ったら巻物のセールをやっていたので、今日の夕飯としてまぐろとネギトロを2本ずつ購入した。25分ほどの外出ですっきりした頭のまま家に帰り、本を読んでいたら昼休みが終わろうとしていたので、上司にメールを送信し再び在宅勤務を行った。在宅勤務の利点は、苦手なマスクをつけなくてもいいことで、私は会社でマスクをつけているときは非常に窮屈な気分になった。しかし、会社でマスクをつけずに働いていると、あらぬ疑いをかけられることになるので、権力に従ってマスクをつけているのだが、本当にしんどくて涙が出そうになる。私は自分の体に何かをつけるのが嫌で、時計も装飾品もつけていないし、ましてや呼吸が苦しくなるマスクなんてこれまでの人生でほとんどつけたことがなかった。だからマスクをつけるような風潮が日本に蔓延ったときは悲しみに打ちひしがれて、いつまでマスクをつけないといけないのか不安で仕方がなかった。イギリスでは新型コロナのワクチンの接種が始まったそうだが、安全性を証明されない限り接種したいとは思わない。ワクチンを接種したことで体の調子がおかしくなってしまったら本末転倒である。だから当分はマスクをつけなければいけないのだけれど、いつまでつけることになるのだろうか......。これを機に、100%在宅勤務で済ませられるような会社に転職してしまおうか......。そんなことを考えつつ、目の前の仕事をこつこつとこなしていったら定時になった。上司にメールを送り、今日の仕事は終了した。定時に家に居るというのは非常に愉快で、通勤に費やしている時間、体力が温存されたまま自由時間へと向かうのがたまらなくいい。読みかけの「」を一気に読んで、読み終えた。まずまずの本だった。この本のおかげでSNSが私の時間を奪っていることに気付けたし、この本で紹介されている方法を試してみたらSNSを生活から遠ざけることに成功した。しかし、冗長過ぎるぶぶんも多々見受けられて、そのぶぶんを読んでいくのがしんどかった。どこのだれだか知らないような人間のエピソードを得意げに語られても、「そうですか......」としか思えなかった。そういうところは上手く読み飛ばせるように、たくさんの本を読んでいきたいと思う。私のこれからの読書人生の第一歩となる、記念すべき読書になった。

 

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本を読み終えてもまだ20時を過ぎたところであった。改めて在宅勤務の偉大さを思い知った。お腹がすっかり空いていたので、昼に引き続き再びパスタを食べた。2食連続でたらこマヨパスタを食べても一向に飽きがこない、どころかもっともっとたらこマヨを求めている自分がいてぞっとした。当分はこの麻薬的食べ物から遠ざかった方が賢明かもしれない。夕飯を食べ終え、シャワーを済ませると、あとは寝るばっかりになった。21時をちょっと回ったところであった。先程の読書で活気づいた私は、頭痛を感じながらラーラ・プレスコット「あの本は読まれているか」を読み始めた。最初の方は頭痛ばかりに気を取られていて、内容をうまく飲み込むことが出来なかった。なぜ頭痛がするのか、よく分かっていなかった。夜はすぐに寝ているし、アルコールを多量に摂取しているわけではないし、ストレス濃度の高い生活を送っているわけではないし......。いろいろ考えてみて、この間歯医者に行って歯を弄ってからいろいろと身体に異変が生じていることに気が付いた。それが真相なのかどうかは知らないけれど、歯を弄ってから痛くなかった歯が痛み出したり、頭痛が毎日のように起こっていた。それともう一つ思い当たるのが、毎日のように繰り返している寝落ちである。冷えた床の上で3時間ほど中途半端な睡眠を取っているせいで、身体に負荷がかかって頭痛が起きるようになってしまったのかもしれない。なので、寝落ちを絶対にしないことと、来年に予約している歯の治療で歯の痛みが治まってくれることを願っている、真剣に。頭痛や歯の痛みについて一頻り考えて、納得のいく答えが出てからは本の中身がすっと入ってくるようになった。冷戦下のアメリカを舞台にしたお話で、そのような時代背景に興味がなかったのだが、「あの本は読まれているか」という題名と表紙の素晴らしさについつい手に取ってしまった。今のところ面白くなるような気配がなく、タイプをしている女性たちの生活を長ったらしく描いていてどうなるんだ、と半信半疑であるが、読み終えた時に、「読んでよかった」と思えるような本でありますように。そんなことを考えながらずっと読書をしていて、さすがに3時間以上も読書をしていると目が疲れてきて、ちょっとだけのつもりで目を瞑って椅子に凭れかかった。それが全ての始まりだった。