眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年11月27日(金)

「等身大のあたしを愛してよミニチュアなんかじゃなくて
流線型のビーズに恋をしてる、その12秒前」

 

今日も今日とて仕事に行く。疑問はあるけれど、前へ進むしかない。ここで疑問をぶちまけて、白い目で見つめられる方がよっぽど辛い。昨日は家に引きこもりだったので、外に出られることが何より嬉しい。仕事が始まって、ちょっとだけ溜めていた仕事をのそりのそりと進めていく。この瞬間、「自分は仕事をしているんだ」という自己満足に浸れるので、それだけでなんだか嬉しい気分になる。あっという間に仕事は片付いてしまって、もうすることもないのでどこか遠くへ行ってしまいたい気分である。ふとコピーロボットを見て見ると彼のデスクもすっかり片付いていて、ぼんやりとPCの画面を眺めていた。彼もやることがなくてしんどいのかもしれないな。ではなぜ、私は名古屋からはるばる東京まで来て、暇を弄んでいるのかという疑問が再度浮上してくる。それに対する答えを知りたくないので、誰にもそのことで相談はしない。孤立した街のように、時間だけが無情に過ぎ去っていく。何もしないまま、何かをしているふりを貫き通すのはあまりにも辛いな。お昼休みになって、爆音で音楽を聴いて先ほどの苦しみを溶かすかのように、それでもまだ体の芯までこびりついている苦しみは溶かしきれていないようだね。眠気が溜まっていたので、30分ほどは睡眠に費やす。「あっ」と気付いたタイミングで午後の部がちょうど始まる。いびきをかいていなかったか不安である。午後の部も勿論暇で、こうなると暇であるということが私の大切な仕事であり、存在理由であるような気がしてきてならない。暇を持て余している人間が部署に一人いることで、他の人々が円滑に仕事を薦められるのではないだろうか......、と意味不明なことを考え始めてしまうほど、私は軽く病んでいた。必死になって共有の仕事をしたところで、それで何かが変わるわけでもない、ではどうしたらよかったのか。それすらも自分で立案することを上から求められているとしたら、もうそれは無理でしょう、基本的な作業すら教えられていないのに、とぶーたれる私をどうか許してくれないか。定時になって、さっさと帰るときの若干の罪悪感も、電車に乗る頃には解散しているはずだ。

 

 

最果タヒの新しい詩集が出たということで、新宿東口の本屋さんへ。大々的に企画が組まれていて、その中から最新詩集を取り出す。勿論サイン入り、こういう時に都心部に住んでいてよかったと実感する。早く家に帰って読みたいので、他の本を見る暇もなくレジに向かい、そそくさと家に帰る。もうだいぶ新宿のラーメンを食べていないのだけれど、それでも心を取り乱さずなんとかやっていけているのは、細々と自炊をしているおかげなのかもしれません。 

 

 

<購入した本>

 最果タヒ「夜景座生まれ」(サイン本)

 

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家に帰って、そそくさと夕飯を食べて、さて自由な時間がたくさん広がっている、どうしようかな。図書館で借りてきた本を読みたい気分になって、そういえば町屋良平を借りていたんだっけと思い出し、町屋良平の文章を飲み込んでいく。たまらない、前回呼んだのは結構前の気がしているけれど、頭にすっと入ってくるこの感じが堪らなくて町屋良平をしつこく読んでいるのだけれど、飽きが一切来ない、もっともっと文章をおくれよ、と思うほどに町屋良平にはまっています。借りてきた2作を読み終えたら、本屋に置かれていた最新作を買って読もうか。それとも図書館で借りれるのを待ってみようか。どちらにするかはそのときのお財布事情と相談しなければいけないか。気づいたら夜も更けていて、明日の休日は満足のいく過ごし方をしたいので、まだ寝るには早いかなと思いながらもそそくさとロフトに上がって、すとんと眠りに落ちていった。