眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

最果タヒ展「われわれはこの距離を守るべく生まれた、夜のために在る6等星なのです。」に行ってきた。

最果タヒ展「われわれはこの距離を守るべく生まれた、夜のために在る6等星なのです。」に行ってきた。渋谷PARCOの4Fにある「PARCO MUSEUM TOKYO」で開催されていた。何故今回、最果タヒ展に行ったのか。

 

「なんだかおもしろそう」

 

その一言に尽きる。詩というものは表現の中でもなんだか取っつきづらい印象があり、国語の中で紹介される詩は難解なものばかりで、今までちゃんと詩というものに向き合ってこなかった。そんな「詩の初心者」な私が最果タヒに興味を持ったのは、彼女が書く詩が他の人が書く詩に比べて理解しやすい、取っつきやすいものであったから。決して彼女の詩が安直であるとか、そんなことを言いたいわけではない。彼女の作品を全て読んだわけではない。テレビ*1で紹介されていた彼女の詩が私の中ですとんと腑に落ちて、「こんなに面白いのであるならば、もっともっと詩を読みたい」という気分になって、そのとっかかりの一つとして、今日こうやって最果タヒの展覧会に来た。

 

 

今回の最果タヒ展(前回もあったのかもしれないが、そこのところはよく知らない)は、

 

Ⓐ詩の存在

Ⓑループする詩

Ⓒ詩と身体

Ⓓいまなん詩゛(「詩句ハック」シリーズより)

Ⓔ詩ょ棚

Ⓕ詩っぴつ棚

Ⓖ座れる詩

Ⓗ詩になる直前の、渋谷パルコは。

 

 

の8つから構成されている。一つひとつの説明をするのはやぼなので、そんなことはしない。ただ、彼女の詩をあらゆる形で提示されることで彼女の詩が持つきらめきがより一層深みを増す、もっともっと彼女の詩について考えたくなるような仕掛けが施されていた。

 

 

一番のスペースが広い「Ⓗ詩になる直前の、渋谷パルコは。」では、彼女の詩の断片をモビールとして展示している。表裏で異なる言葉の紙を吊るしており、紙が動くたびに新たな詩が完成する。「常に言葉は動いている」ということを表現したかったのであろうか、ほぼほぼが初めて読む詩で、どのように読むのが正解か分からなかったが、正解というものはなくて、好きなように読んでくれていい、という意思の表れだろうか。読んでいると私の心と一致して、どうにも居たたまれない気分になる言葉もあって、30分ほど滞在してしまった。

 

 

f:id:bigpopmonsterpro:20201206205203j:image

 

 

一つひとつの言葉はたくさんの認識を可能にしており、それが詩の自由性と繋がっているような気がした。周りにいた客はスマホでパシャパシャと写真を取っていた。他の客の迷惑になるので動画は取らないでください、ということになっていたが、写真の撮影音で集中力が途切れてしまうことが何度もあったので、邪魔にならない程度の音楽を聴きながら見ればよかっただろうか。

 

 

私が一番心惹かれたのは「Ⓕ詩っぴつ棚」で、スマホのメモ帳で詩を書いたり消したりを繰り返していて、最果タヒはこのようにして詩を作っているのだろうか、と妄想が捗った。

 

 

展覧の最後には物販があり、そこで販売されている「オフィシャルブック『一等星の詩』」が欲しくて実はここに来たようなものだった。円城塔保坂和志町田康といった、私の青春時代を支えてくれた作家の、最果タヒに対する思いが綴られていて(直接的に、間接的に)、これを読んでいると最果タヒはたくさんの著名人にも愛されている、支持されているんだなと実感する。それと「詩そのものカード」も面白かったので買った。それと「本展オリジナルのミニ本『6等星の詩』」も奮発して買った。宝物にしたいと思う。

 

 

f:id:bigpopmonsterpro:20201206213539j:image

 

 

最果タヒ展は東京で12月20まで開催される。その後、名古屋、大阪と回っていくのだが、無事に開催されることを願っている。非常に素晴らしい展覧だったので、たくさんの人の目に触れてくれれば、と切に願う。

 

 

最後に。入場する際に配られた紙に記載されていた「厚着の詩」というものがあまりにも素晴らしかったので、最果タヒ沼、にはまってしまいそうです。

*1:ドキュメンタリー番組「ノーナレ 謎の詩人 最果タヒ