眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年11月21日(土)

「君がもっと嫌いになっていく もっと嫌いになっていく
空しいやら浅ましいやら もう呆然ですが継続パレード
もっと嫌いになっていく もっと嫌いになっていく
偉そうなやつ勘違いなやつ 全部記載から除外してエンドロール」

 

我慢の三連休の一日目。ここのところお酒に対するハードルが下がっていて、毎日のようにお酒を飲んで一時の快楽に身を浸している。それが一概に悪いとは言えない。でも私の場合、お酒を飲んでしまうとついつい気持ちが緩んでしまい、考えてはいけないことを考えてしまい、自分を傷つけてしまうことが多いので、酒は飲まないように気を付けていたのに。大した仕事もしていないくせにお酒だけは一丁前に飲むんだな、と意地悪な私がつついてくるから今日からはお酒を安直に飲まないようにします。

 

 

お酒を飲んでもそのあとのケアをきちんと施したおかげか、それとも疲れに任せてさっさと寝てしまったおかげか。休日だというのに朝の8時には目が覚めて、外を眺めると今日も晴れていたのでうきうきしていた。我慢の三連休と偉い人は言っていたけれど、普段から人と接することをしていないので、普段通りに暮らしても別に支障はない、我慢が必要のない人間だった。それを声高に「寂しい奴」と言う奴もいるけれど、そういう人間の考えもちょっとは理解できるけれど、自分の生き方だけがスタンダード、あとはイレギュラーで排除すべきもの、というのはちょっと生き苦しくないかな、と思ってしまう。このまま起きて散歩でもしてしまってもよかったのだけれど、序盤からそんなにスピードを上げなくてもいいんじゃない、折角三日間も休みがあるんだから、最初はしっかりと休息を取りましょうよ。という自分の意見に従って、幸せな二度寝に就いた。それでもそこまで疲れていなかったのか、一時間ほどで再び起きて、それ以上は眠りたい気分でもなかったので、下に降りて朝飯を食べながらテレビを見ていた。すぐにそれに飽きてしまうと、多和田葉子の「星に仄めかされて」をずんずんと読み始めた。前作「地球にちりばめられて」の続編にあたる今作、「地球にちりばめられて」が優れた作品だったのでその地続きで素晴らしいだろう思って3日前から読み始めていて、勿論素晴らしいのだけれど、もっと奥の方まで行けるんじゃないの、ここで燻っているのはちょっともったいないんじゃないの、と思いながら読み進めていった。お腹が空いたのでとても久しぶりに台湾ラーメンを食べた。茹ですぎたせいで麺がふにゃふにゃになってしまっていた、それでも十分に美味しくて、辛さが体を刺激してかっかしていくのがなんとも興味深かった。昼、昼飯を食べ終えて一段落して、外の空気を吸い込みたくなったので外に出た。人通りが多いところは危険なので、以前よく歩いていた緑道をずんずんと歩いて行った。たいした運動ではないのだけれど、歩いていると体中の細胞が活性化するような気がして、汗も噴き出てきて心地よい気分に浸された。ずんずんと歩いていたら隣町に着いて、ちょっとだけ、という気持ちで商店街に入っていった。「我慢」という言葉が効いているのか、それとも我慢できなかった人はGo Toを使って遠方へ行ったのか、商店街は閑散としていた。「お弁当、売っています」と声高に叫んでいる飲食店の人の声が空しく響いていた。いくつかの店にちょろっと入って、すぐに飽きてしまったので家に帰ることにした。

 

f:id:bigpopmonsterpro:20201122120044j:plain

多和田葉子「星に仄めかされて」(☆☆☆)

 

 

数十分で家に帰りついて、心地よい疲労とともに再び「星に仄めかされて」を読み始めて、集中して読んでいたら読み終わった。あっけない終わりで、もう少し盛り上げてくれればよかったのに、と思った。でも多和田葉子の文章は読んでいて心地よい気分にさせてくれるので、他の作品も読んでみたいと思えた。18時を過ぎていた。外はすっかり暗くなっていて、でもまだ口数が少なくなるような寒さにはなっていなくて、なんだか誰かとお話をしたい気分になったので徐に親に電話をした。小1時間ほどくだらないことを話して口の筋肉が輝きを取り戻した。お腹が空いてきたので、冷蔵庫に入れっぱなしにしてあった豆腐を取り出して、豆腐の上にキムチを載せてむしゃむしゃと食べていた。それだけだと物足りなかったので、スーパーで購入したパックの惣菜も合わせて食べていたら家のチャイムが鳴った。スチールラックと電子レンジが届いた。夕飯を済ませると、まずはスチールラックの製作に取り掛かった。10分ほどで作り終えて、その頂上部に電子レンジを載せた。完璧だった。もっと前から買っておけばよかったと軽く後悔するくらいに、それらは部屋に馴染んでいた。もしかしたら8カ月前から住んでいる私より部屋に馴染んでいたかもしれない。

 

f:id:bigpopmonsterpro:20201121214249j:image

 

 

面白そうな番組だなと思って録画しておいた「まつもtoなかい」を見た。テレビでは殆どお目にかかることが出来ない甲本ヒロトが出ていた。言葉の一つ一つがズシンと胸に響いて、やっぱりこの人は生ける神様であることを実感した。「歌詞はあまり気にしないようにしている。音全体でどばっと浴びる感じ。今の人は歌詞を読みすぎている」というコメントが特にお気に入りで、確かに歌詞に集中し過ぎるあまり後ろで鳴っている愉快な音に十分に耳を傾けられていなかったことを恥じた。これからは多少は歌詞を気にしつつも、そこまで気にしないで全てを「音」として気にするようにしたほうが、もっと音楽を楽しめるようになるのかもしれないなと思った。

 

 

23時過ぎ、もう寝ても良い時間だったけれど、もうちょっと起きて何かしらしていたい気分だったので、徐にテッド・チャンの「息吹」を読み始めた。一度挑戦したことがあるのだけれど、SFが得意ではない私にとって、読み慣れない海外文学はハードルが高くて頓挫していた作品だった。一つ目の短編「商人と錬金術師の門」がとにかく読ませる物語で、散々使い尽くされたタイムトラベルでもこのようにすれば新しい表現になるのか、と最後を読んで読書の醍醐味を感じていた。続く二作目「息吹」はとにかくSFSFしている作品で、ここで眠気がぐっと押し寄せてきたので時計を見ると25時をちょっと過ぎていた。ここで休もう、まだ休みは二日間もあるんだし、と思って、でもロフトに上がる元気がなかったので椅子に凭れながらうとうとしていた。この時間があるから私は人生という退屈な乗り物から降りることが出来ないんだよな。気づいたら寝落ちしていて、それも含めて愛おしい一日であった。