眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

弁当を食べてて思い出した

暗い社内で一人、もそもそと弁当を食べていたら、高校生の序盤のことが思い出されて胸が苦しくなった。私が通っていた高校は家から電車と自転車と徒歩を使って片道1時間ぐらいもかかる僻地にある高校で、同じ中学から通うのは一人だけだった(仲は全然良くない)。どうやらその高校は高校の付近に住んでいる子がたくさん通っているようで、入学式の日には既にグループが幾つか出来上がっていた。超、がつくほどの人見知りの私は同級生に声を掛けることに対してとてつもない緊張を感じ、なかなか声を掛けることが出来ず、4月が終わってしまった。気付いたら一人だけでお昼ご飯を食べていて、クラスで浮いた存在になっていた。私の後ろに座っていた同級生も一人で昼ごはんを食べていたのだが、彼は彼の意思で一人で食べていた。私は誰かと他愛もない話をしながら昼ご飯を食べたかった。学校が始まる時間は早く、そのため弁当を作ってくれている母も早起きをして弁当を毎日作ってくれていた。親のことを思うと、どうして涙を隠しながら一人で昼ご飯を食べているのかが分からなくなって、しんどくなって慌ててトイレに駆け込むことが多くなった。高校時代は、私にとって一番しんどい時期であった。1学期が終わろうとしていたとある日、クラスの中でいじられキャラを担当していた子のことが気になって、この子なら話しかけても受け止めてくれるのではないか、と思って試しに話しかけてみた。そこに至るまでにたくさんの葛藤があった。受け入れてもらえるのか、もし受け入れてもらえなかったらクラスのみんなから笑われるのではないか。そんな悲惨なことになるくらいだったら今まで通り一人で食べていればいいじゃないか。でもずっと一人でいるのは嫌だったから、勇気を出して「一緒に弁当を食べない?」と声を掛けた。一瞬だけ、時間が止まったような感覚があった。ふっと時間が戻ると、「いいよ」と人のよさそうな笑顔で返事が返ってきた。そこから少しずつ、少しずつだけれど同級生と打ち解けられるようになった。中学生までのように自分の馬鹿をさらせるほど心を開くことは叶わなかったが、どうにか友達と呼べるような関係性も構築出来て、なんとか「生き延びた」という実感が私の中に広がっていった。あの時、彼に声を掛けなかったら、ずっと一人で弁当を食べ続けることになったかもしれないし、いずれその寂しさに耐えきれなくなって退学していた可能性もある。それを考えると、あのとき同級生に声を掛けられたのは人生の転換点であったし、あの時の自分を何度でも誇りに思っている。ただ、中学生までのときみたいに「親友」と呼べるような存在を作ることは出来なくて、卒業式は一人で帰った。その時に眺めた、どこまでも続いていきそうな澄み渡る青空が私のこれからを暗示しているようで、大学生になったら自分の殻を破って「親友」を作るぞ、と意気込んでいた。帰りは大好きな音楽をチープなMP3プレイヤーで聴いて帰った。夕飯は何を食べたか、今では覚えていない。