眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

刺激が足りない

つまらない日々が続いていて、どうしたら楽しい日々を取り戻せるのだろうかと悶々としている。「楽しい日々」なんてものは空想の産物で、生きるということは退屈なことを何度も何度も積み上げていく、それの連続でしかないとついつい考えてしまう。楽しいってなんだろう、死んだ魚のような眼をしたままの状態を保っていたらそんな当たり前なことすらも忘れてしまうほど、社会人の日常は退屈である。読書して一時の寂しさは紛れるだろうけれど、そんなものは一瞬で崩れ去ってしまうもので、気付いたら目の前に怪物が口を開けて待っていたりするんだろう。学生の頃の、どこまでも行けそうなほどの無責任さはなくなってしまった、次の日に会社があるとよふかしなんて出来なくて、いつも同じ時間に眠っていることが実はしょうもないことであることを私は知らない、ふりをしているだけ。誰だってこんな気持ちを抱えて生きているんだろう、ねえ?と誰に問いかけているんだろう。

 

 

こんな退屈な気持ちを抱えるくらいなら、いっそのことスパッと一息で、と思ってしまうくらいに私は不埒な人間で、仕事の時に仕事以外の事を考えてしまう。真面目の面を被った不真面目で、世界が早く終わってくれないかと心の底で思っているくらいに世界に対して執着がない。明日どうなってもいいな、と無責任に思えるのは守るべき対象がいなくて、一人で細々と生を繋いでいるからだ。守るべき相手がいたら、少しはこの不毛な思考を止められるだろうか、どうだろうね。結婚して孤独から逃れるのもいいだろう、でも中途半端な相手と結婚して一人の時に感じる孤独よりもより深みのある孤独にはまってしまう可能性もある。私は結婚というものを本やネット、他人からの伝聞でしか知らないから、結婚の本質なんてものを知らない。結婚したら自分の生活がどうなっていくのか、それを具体的にイメージできない。それを知るための一番の近道は実際に結婚することなんだろうけれど、結婚して失敗してしまう可能性もあるので、結婚なんてものはそう易々と出来るものではない、と思っているからちっとも前へ進めない。失敗してもそれを笑い話に出来るくらいの気概で生きていけたら、怖い物なんてちっともないのかもしれない。私は気づかないふりをしているだけで、私の周りにはたくさんの怖いものが蔓延っていることを知っているし、それと遭遇しないようにそろそろと歩いて進んでいる。怖い感情が無くならないなら、いっそのことその感情と共存してみれば、今まで見ていた景色が異なった映るかもしれないね。

 

 

明日、明後日、なにしようかな。時間だけはたっぷりある。