眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年11月12日(木)

「呼吸のような幸福を誓うよ」

 

ようやく今日にたどり着けた。ずっと昔の日記を書いていて、書いても書いても書くべきことが多くて、そんなことをしていたらなかなか当日の出来事を当日に書くことが出来なかった。ムキになった時期もあった。悲しくて一日中項垂れていた時もあった。でもようやく今日、今日にたどり着けたのでホッとしている。日記以外のことはホッとしている場合ではなくなってきているのだけれど、とりあえずはホッとしておこう。

 


朝はすんなりと起きた、部屋が寒すぎて機嫌が悪くなりかけた。温度計を見なかったので正確な温度は分からなかったけれど、体感的には10℃を下回っていたんじゃないだろうか。壁が薄いせいか、外気を十分に部屋へと連れ込んでくるこの家のしょぼさが恨めしい。暖房をつけるくらいならもこもこに着込んでやった方がいいと思っている節がある、それは実家が床暖房常備で、真冬であってもエアコンをつけないで自分の部屋で生きてこれたことに起因している。以前一人暮らしをしていた時は暖房をつけていたんだっけ、その辺の記憶が曖昧で、人間というものはどうしてこうもすぐに物事を忘れてしまうのだろうかと虚しい。物忘れが酷いのは私個人のものなのかもしれないけれど。そんなことをぼんやりと考えていられるほどの余裕もないほどに、部屋はキンキンに冷えていた。こんな場所に居るくらいならさっさと会社に行こう、といつもより数分早く家を出た。会社に着いて、今日もすることがたいしてないことがすぐに分かった。コピーロボットは最近、自分のことばかりでいっぱいいっぱいで、だから新しい仕事を供給されることはなかった。忘れたかのように井戸端さんからしょうもない仕事を押し付けられる以外、私は一人でのんびりとしていた。のんびりし始めた当初は、「こんなにのんびりしてていいのだろうか」と不安で不安で、胸が押し潰されそうでどうしたらいいのか分からなかったけれど、のんびりが常態化していくとそんな悲壮感は一切無くなり、「一体いつまでこの暇が続くんだよ」と性格が悪くなる一方であった。随分前から手をつけていない「書類整理」という、本当に意味のない仕事はあるのだけれど、それをし出したら自分の存在価値を失くしてしまうので、今はまだ見えない振りをしている。そんなわけでちっぽけで繊細な仕事をちまちまと進めていった。途中で取る水分補給にじっくりと時間を費やした。気づいたら周りは祭りのような雰囲気になっていた、来年の1月に営業に配属される新人さんたちは真面目にしているのが馬鹿らしくなったのか、食っちゃべを結構な頻度で行っていて、仕事をしたくないと思っている人もそれに乗っかってわちゃわちゃして、煩くて目の前の仕事に全集中することが不可能となった。笛吹娘だけが懸命に書類整理を行っていて、その健気さはこの会社では報われないんだよな、と憐れみを感じた。

 

 

昼になったので安直に外食した。1カ月以上ぶりの雲吞麺はそこそこの美味しさだった、ただ今はでたらめにお腹を満足させたい気分だったので、雲吞麺は今日の昼飯のチョイスとしては最適解であった。外食したので昼休みの眠れる時間はだいぶ削られてしまって、ほんの少しの時間だけ寝ただけになったしまったが、それでも午後の部はきちんと自分が作動していた。

 

 

午後の部、もう私は時短勤務でも宜しいでしょうか、と上層部へ訴えたくなるほどに暇で、スマホに飛び込んできた緊急ニュースに「東京都 新たに393人が新型コロナに感染」と書いてあった、そろそろ日本も逃げられない状況になってきていると怯えていた。全国各地で多くの新規感染者が出ており、北海道は236人、神奈川は147人、続々と悲報が報じられた。日本がこんな状況になっているのにも関わらず、国の上層部は第三波が来ていることに対して善処しようとはせず、この場に及んで経済をフル回転させようとしているようであった。私は天を仰ぎ、これからは昼の外食は控えた方がいいだろう、ライブも当分は諦めた方がいいんじゃないか、不要不急の外出を慎むべきだなどと思っていて、その中で一番強く思っているのは、「さっさと在宅勤務を復活させてくれ」という会社への恨みにも似た思いであった。緊急事態宣言が4月に発令されて、それからどれだけの時間があったというんだ。冬にコロナが猛威をふるうことは十分に予測できたのに、在宅勤務の体制を整えなかったのははっきり言って怠慢以外の何物でもない。在宅勤務の方が会社で仕事をするよりも効率が劣るのは分かるし、在宅勤務を導入するにはコストがかかることも分かる。でも会社が果たすべきなのは社員の身の安全を守ることであり、逼迫している医療現場への些細な、でも重要な貢献ではないのか。と熱くなってこんなことを書いてしまったけれど、私が勤めている会社はそんなことをしてくれるようなところではないのは十分に理解しているので、そのような点で会社に不満を持っているのならさっさと辞めろよ、という話ですよね。半年ほどの時間があったのだから、その間に転職について十分に考えなかった私も悪かった。これからどうしていこうか。

 


日本は破滅に向かっているというのに、午後の部も穏やかな時間が流れていて、それに甘えてのんびりとさせてもらった。取り立てて書くようなことは起きなかった。ちょこちょこと仕事が舞い込んできて、ゆっくりとそれをこなしていたのにすぐに終わってしまって、手持無沙汰だった。こんなときはつい「忙しさ」を求めてしまいがちなのだけれど、忙しさによる自己成長を求めがちだけれど、そんなものはない方がましなのは今までの経験上痛いほど分かっているので、余計なことは考えないで定時になるのをのんびり待っていた。定時になったのでさっさと会社を後にする。誰かに伺いを立てることをせず、自分の裁量で退社出来るのは本当に有難い。今までは帰る前に「何か手伝えることはありませんか(ありませんよね?早く帰りたいので余計なことは言わないでください)」と先輩にいちいち聞いていてそれが非常に鬱陶しいことこのうえなかったのだが、それをしないでもいいということは精神衛生上良いのである。本当は誰かにお伺いを立てた方が「先輩を気遣っているマン」を演じることが出来て上司のウケもいいのかもしれないけれど、この職場では誰かに好かれることが上へ行く重要なキーになるとは思えないし、そもそも私は上へ行きたくはない、「ぎりぎりのところでのんびりとしていたいマン」なので、のんびりとやっていることに危機感を持っていない。会社の方が、半年以上も経理にいるのにこんなことしか出来ない社員がいることに危機感を持った方がいいのではないか、とお節介なことをついつい考えてしまう。帰る間際、上司から「絶好調か?」と不意打ちで聞かれて、「はい、絶好調です」と笑顔で答えてしまったけれど、絶好調な人間ならばこんなところにはいないと思います。

 


今日は久しぶりにまっすぐ家に帰る。ご飯が炊けるのを待ちながら、サラダを食べたりして時間を過ごす。穏やかである。今日は隣に棲息している男と女の声が聞こえなかったので、気分は良かった。二人だと話し始める、特に男の地を這うような、頭の悪そうな重低音が響いてくるので鬱陶しいのだが、一人だとよっぽどひとりごとが激しい人ではない限り人間の声が聞こえてくることはないので、このマンションでの同棲は禁止してくれればいいのに。隣に同棲している人がいたら家賃を安くしてくれればいいのにな、こんなに被害を被っているのだけれど。上からの生活排水の「じょぼじょぼじょぼ」という音は結構な頻度で聞こえてきて鬱陶しいことこの上なかった、この音に慣れるのはいつになるのだろうか。夕飯に白米とタコキムチ、総菜を食べて満たされると、録画しておいたバラエティ番組を3つ観て、これくらいにしておいてロフトに上がった。もう間に合わないのは確定しているけれど、お金は払っているし当日は時間も支払うことになるので、悪あがきのつもりで簿記の勉強を進めた。連結会計の成果連結のところを復習していたのだが、猛烈に眠気がやってくるというハッピータイムが訪れた。いつぶりだろう、この時間帯に猛烈な眠気がやってくるのは。嬉しくて小躍りしそうになったが、そんなことをしたらせっかくの眠気が霧散してしまいそうだったので、まだ時間は早かったけれど電気を点けたまま布団の上に横たわることにした。15分程横たわってから、それから起きてしっかりめに勉強を進めよう。そう思っていたのに、私はそのまま寝落ちしてしまいましたとさ。