眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

読み慣れていないジャンルの本は私の脳みそを活性化させてくれる

テッド・チャン「息吹」を読んでいる。海外文学を読み慣れている人、SFを読み慣れている人にとってはそこまで難しい作品ではないのかもしれないが、普段の読書で海外作品やSFを読まない人間にとっては、一文一文を読むのはなかなか時間のかかる作業になった。「商人と錬金術師の門」という短編は専門用語が使われることはなく、小さい頃から慣れ親しんでいる「タイムワープもの」なので難なく読み進められたのだが、今読んでいる「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」という中編は非常に難解で、話を深部までしっかりと理解出来ている自信がない。ざっくりとしたあらすじはAIを育てていく際に経験する困難、というものなのだが、そこで出てくる専門用語が普段目にしないもの、それか目にするけれど意味までは把握していないもので、それがたくさん出てくるのでさらさらと読み進めるのが難しい。「おそらくこういった意味の言葉なんだろうな」と見当をつけて読み進めていくのは脳に負荷のかかる作業で、でも普段の読書では経験できないことなので面白いと言えば面白い読書体験である。この本を読もうと思ったきっかけは有名なブロガーさんがおすすめしていて、書店に平積みされていて、「さぞかし面白いものなのだろう」という、他人本意なきっかけなのだけれど、読んでいて、「これはたくさんの時間を費やすに値する作品である」ことを実感させられる、すごい作品なのである。まだ全てのお話を読んでいるわけではないが(「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」がとにかく長い)、これから読み進めていく短編もさぞかし面白いのだろう、と思わせてくれる文章とアイデアで、読書をしていて新しい場所、今まで想像したこともないような場所へ連れて行ってくれる本をこれからたくさん読んでいきたいし、それをしっかりと読み込むためには文章を正確に理解する力もつけていかないといけませんな、と思った次第です。読書は一生ものの趣味で、小さいときに出会って今まで続けてこれて本当に良かった。と思うと同時に、読んでいない本が部屋にたくさん転がっているので、そろそろ買う本の冊数を制限していかないといけないな、でも楽しそうな本を購入したときのあの快楽のために働いているといっても過言ではないので、それを諦めるのはなかなかに難しいだろうな、とも思っています。たくさんの面白い本が私を待ち受けているのだと思うと、もっともっと生きたい、たくさんの時間を読書に充てたい、と思いますし、そうすると必然的に他人に充てる時間は減ってしまう、そうなると恋愛なんてしている場合じゃないな、なんてことも思ったりしてしまう。でも恋愛したら恋愛したで読書で体験出来る楽しさとは別の種類の楽しさを経験できるのだろうな、と思うと読書好きの女の子と恋仲になって、お互いに好みの本を薦め合ったり、読書デートなんてものが出来たりしたら最高なんだよな、ああやっぱり恋人が欲しいな、という安直な結論に至ってしまいました。読書好きな女の子とまずは友達になれたらいいな。そんな女の子、この世界に存在するんだろうか。私が生きている世界はあまりにも狭すぎて、観測している限りでは一人も見受けられないので、読書好きの女の子という存在が想像上のものでしかないように感じられてしまうのです。