眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

書類整理

書類整理をしているとき、普段は考えないようなことがつらつらと思い浮かんで、「このまま考え続けたら、良いアイデアが出てくるかもしれない」と興奮した。考えが思いついたときに、キーワードでもいいからメモしておくべきだった。数時間後の今、何を考えていたのかさっぱり思い出せない。もう歳なのだろうか。そもそも私は記憶力の良い生き物だったか。思い出そうとしてみるが、社会人になる前の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっていて、そもそも私は大学生まで自分という体と心で生きていたんだっけ、と触れてはいけない禁忌に辿り着こうとしている。大学生以前の記憶が朦朧としていて、その頃の自分は意志を持って生きていたのかどうかが怪しい。もしかしたら、もしかすると、私という生き物は社会人からスタートした感じで人生が始まっているのかもしれない。それは何とも味気ない、とても切ないものではないか。私にとってのイメージなのだが、「大学生までが人生の面白いぶぶん、社会人以降は人生の墓場」というのがあって、それは誰か有名な人が言っていたのだろうか、それとも自分が一から考えたことなのだろうか、そのへんはよく分からないがそういうことを考えていて、だとしたら今の状態はなんとも悲しいものである。人生の華である大学生までの記憶がないというのは生きていないと同義で、ただ働くために生きているというのは、どこか大きな組織によって仕組まれた罠なのではないか。他の人にも私と同じような症状に陥っていないか確認したいが、どちらの回答であったとしても立ち直れなくなる気がする。書類整理なんてするんじゃなかった。覗いてはいけないぶぶんを、私は覗いてしまったのかもしれない。