眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年11月3日(火)

「描き方もヘタだけど ちょっとは意識してほしい
わがままかな どうしてこんなにも器用じゃないんだ」

 

今日もたくさんの睡眠を要した。一度、9時ごろに起きた記憶があるのだけれど、「まだ起きる時間じゃない」と体が真剣に訴えたせいで、再び睡眠に入ってしまい、再び起きたのが12時過ぎだった。私の体はすっかりおかしくなってしまっていた。いや、疲れ切っているのを必死になって癒やそうとしているだけで、今までの、ぎりぎりのところで踏みとどまっていた方がおかしかったのかもしれない。昼はお寿司を食べた。前回食べる機会があったのだけれど、人がいっぱいで予約できなかった、それのリベンジの今日だった。たらふくのお寿司を食べたらまた眠たくなってしまい、でも今日は東京に帰らなければいけないので、横たわることはなるべくしないようにしていた。相変わらず実家で流れる時間は穏やかで、あと数時間でこの家を出て東京に帰るということ、明日の朝には出勤して、したくもない仕事をしているということが俄かには信じられなかった。それでもわたしはそれらの日常に戻らなくてはいけないそうだ。いつまでもこの温室でぬくぬくと休んでいるわけにはいかない。なんだかそれは人生の大切なぶぶんを切り抜いたもののようで、ちょっぴり寂しくなった。16時を過ぎてそろそろ準備をしないと、と思って自室の本棚に仕舞われている本で東京に持っていきたい本を選別した。まだ読んでいなくて、面白そうな本を鞄に詰め込んでいたら相当な重さになった。その他にもこの休みの間に購入した一人用の鍋やマスク、食料品などをおさめていたら来た時に持ってきた鞄だけではおさまりきらなくて、姉だか兄に鞄を借りてそのなかにもお菓子などを入れていった。17時30分、まだ時間は早いのだけれど早めに東京に着いていたかったので早い時間に夕飯を食べることにした。母がスーパーで買っていた、昨日食べた「からみそらーめんふくろう」の素を鍋に入れて、肉や野菜も入れた鍋を食べた。ふくろうの味は微塵もしなくて、これなら「赤から」の素の方が美味しいと思った。でもお肉が美味しかったのでそれはそれでよかった。夕飯を食べ終わったらいよいよ東京に帰るのだということが一気に現実味を帯び始めて、ああ、私の短い休みが終わってしまうと思った。水曜日に母から連絡を受けてからの怒涛の7日間だった。その7日間はあっという間すぎて、まだ祖父が逝去されたことに現実感がない。お正月に遊びにいったら笑顔の祖父が私を迎えてくれるのではないか、と思うくらいにまだ私は祖父の喪失を受け止めきれていない。これから長い時間をかけて祖父の喪失を受け止めていくのだろう。心配なのは長い間祖父と一緒に暮らしてきた祖母で、祖父がいなくなったことでがっくりと来なければいいと思う。でも50年以上も一緒に過ごしてきた人を喪うということは計り知れない喪失感なのだろう、それは私がどれだけ人から話を聞いたり本を読んだりしたとて体験することの出来ないものなのだ。私は東京にいるので頻繁に祖母の家に顔を出すことは出来ないけれど、お正月に会えれば、その前に結婚式で会うだろうけれど、その時に少しでもサポート出来れば、と思っている。私は大切な人を喪った人に対してどのように振る舞えばいいのかがよく分からない。

 

 

18時を過ぎてもまだ家でだらだらしていたい、明日からの突然の現実にまだ飛び込みたくない気分でいっぱいだった。それでも無情にも時間は過ぎていって、私はもう実家を出なければいけなかった。たくさんのものを詰め込んだ鞄はあまりにも重たくて、少しくらいは荷物を減らしてもよかったのだけれど、せっかく入れたのだからと、その重たさを背負ったまま家を出た。次は12月の中旬に地元に帰る予定、その頃にコロナの感染が酷くなっていないといいのだけれど。電車を乗り継いで名古屋駅に着いて、新幹線に乗って昨日と今日の日記を書いていたらようやく日常の自分に戻っていくような気がした。たくさんの声に包まれて、なんだかここ数日はいつもとは違う、「特別」な時間が流れていた、それを今更になって思い知っている。日記を書いていて、SISTER JETを聴いていたらあっという間に東京に着いてしまった。7日ぶりなのにもっと久しぶりのように感じられる東京、ここが私の2つ目の故郷であることを強く思い知った。

 

 

家に帰って実家から持ってきたものを整理して、シャワーを浴びて明日の準備をして、ロフトに上がって下記の文章を書きながら時間をのばしのばしやっていた。

 

bigpopmonster.hatenadiary.jp

 

明日からの「日常」がまだ受け止めきれていないぶぶんがある。必要以上に同僚から気を遣われるのは嫌なので、そこまで態度に出さないで欲しい、というのは甘えだろうか。そろそろ今日が終わってしまうのだけれど、一向に眠気が来ないのはどうしたらいいのだろうか。東京の家に帰りついたときに散歩でもして体に負荷をかければよかった、今全然眠たくないし疲れてもいない。たくさんの睡眠は私の疲れを払拭してくれたけれど、払拭しすぎてしまって今は到底眠れる気配がない。一人でいる部屋は静かで、たまに左隣から男の奇声が聞こえてくるくらいで、実家のあの「他に人がいる」という感覚は全くなくて、でもそれが今までの日常だったし、今はその静けさにホッとしている。静かな部屋で一人、自分の好きなことをして過ごしている時間は自分が想像している以上に尊いもので、もし結婚をしてしまったらその時間はなくなってしまう、それに自分は耐えることが出来るのか分からない。前の彼女と2年間の同棲をしていたが、自分の部屋が無くて、同じ部屋で家族ではない人と過ごすのは苦痛であった、私はそのときもっと自分に、相手に素直になるべきだった。今更反省しても遅い、今後どのようにしていけばうまくやっていけるのかを考えることに頭を使ったほうがいい。過ぎ去ったことをいつまでもぐちぐち悩むのは馬鹿のする贅沢である、今はあっという間に過ぎ去ってしまい過去になるので、どれだけ今を無駄にしない生き方が出来るのか、それが今私に問われているのではないか。という気持ちの悪いことを考えてしまうくらい、私は久しぶりの仕事に緊張をしているということなのだろうか。

 

 

寝れない。