眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年10月31日(土)

「マーメイドの嘘が本当になってしまう前に 夜を駆けなくちゃ
真実は泡になる 虚しすぎる なんてスキャンダラス」

 

すっかり体に力が入らなくなってしまって、じゃあ今日は何をすればいいのと考え始める一日の始まり。朝はなかなか起きれなくてぐずぐずしていた。昨日はまだ心が昂っていて、なかなか寝ることが出来なかった、隣の部屋からテレビの音が存分な大きさで響いていたのも寝れなかった要因だろう。今日は既にだいぶ過ぎ去ってしまっていて、十分に睡眠は取ったはずなのにまだまだ体はだるくて仕方がない。今日は一日中、こんな感じで体のだるさが継続してしまうのだろうか、と思うと、まあそれも仕方ないだろう、水曜日からの怒涛のような時間があって今日があるわけで、だるさが回復しなくてもそれは尤もなことであるだろう。体はだるいし心もぐでえとなっている、でも奥底の心では「早いところ元の状態に戻りたい」という気持ちが強くて、どうにもならない体と心が現実には横たわっているわけで、そのどうにもならなさにちょっぴりうんざりしてしまった。でもそんな風にうまくいかない時間が生きている時に何度もあるのが人間という不完全な存在の当たり前であるし、それを殊更に持ち上げて自分を責めるのも違うよな、という考えは頭の片隅で存在していた。でも一刻も早く元に戻りたいという気分が強くて、だから布団に横たわってだらだらしていたのだけれども、なかなか元には戻らなかった。

 

 

お昼に福岡で有名なラーメンを食べて、塩味の濃さに頭が痺れてしまった。最近はあっさりとしたものばかり摂取したので、久しぶりに頭が馬鹿になった気分になれた。昼飯を食べてもなお、いや食べ物をお腹に収めたからこそ余計に体がだるくなってしまって、このままではいけないと外に飛び出した。スーパーマーケットに繰り出して、一人暮らししているときはほぼ買うことがなかった果物とかその他諸々の買い物を済ませて、それでもまだまだ体を動かしたかったので、ちょっとだけ足をのばして大きなお店に入る。これから寒くなっていく、その時に重宝するであろう一人用の簡易鍋を購入する。この鍋に肉やら野菜やらキノコやらを無造作に突っ込んで、ぐつぐつ煮込んだらいい塩梅に栄養を摂取できるのではないでしょうか。以前一人暮らししていた際も全く同じものを購入していたのだけれど、結局一度も使わずに捨ててしまった、同じ轍を踏まないようにしたいものである。家に帰って、ちょっとだけ体を動かしたことで多少は体のだるさは緩和されたものの、それでも蓄積している疲労はなかなかのものなので、しばし布団に横たわる。そろそろ簿記の勉強をしないと本番までに間に合わないだろうなと冷や冷やしながらも、でも今は何もする気が起きない、脱力だけが人生さとばかりにぼけっとしている。今はそれを存分に味わっておくべき時間なんだと自分な思い込ませる、いずれは立ち上がりたいと思える時がやってくる、それが訪れるのをじっと待っているのが大切。焦らないで、いつものペースが戻ってくるのをじっと待っているのが大切なんだろうな。

 

 

夜も生産性の高いことは何一つできなくて、無造作にだらだらとスマホを眺めている時間が長い、読書とか建設的なことをするほどの体力は残っていなくて、ネット上に蔓延っているくだらない情報をせっせと収集していた。そうしたら急に全てがどうでもよくなって、布団の上で大の字になってぐでっとなった。当分はこのような状況が続くことを覚悟しながら、どうでもいいことをだらだら考えていた。気がついたら25時を過ぎていて、もう寝ないといけない、明日は新しい服を買いに行かなければいけないのだ、と思って電気を消して目を瞑ったのだけれど、眠気は一向に訪れない。昼寝を多めにとってしまったこと、大丈夫大丈夫とお茶を多量摂取したせいで眠気は遠いところで踞っていた。仕方ないのでだいぶ昔に買って本を開くことすらしていなかった庄野潤三の「舞踏」という短編を読む。早い年齢で結婚をした男、しかし職場にいる若い女にうつつを抜かして感の鋭い妻を苦しめてしまう。妻を苦しめてしまっていることを知っていながらも、若い女との不倫をなかなかやめることのできない男の物語をだらだらと描いていて、「これのなにが面白いというのだろうか。そもそも、私はなぜこの本を購入したのだろうか。はて」と考え込んでしまって、答えが見つからないうちに眠気がやってきたので、ここぞとばかりに電気を消して目を瞑っていたらうとうとしてきた。時刻はすっかり27時を過ぎていて、明日はもう完璧な一日を送ることは出来ないことは確定してしまって悲しいのだけれど、もう眠気は訪れないで朝を迎えることになると考えていたので、眠気がやってきてくれて嬉しかった。ちょっとしたらすっと眠りに落ちていった。明日も、ダラダラとした一日を過ごすことになるだろう。それでいい、それでいいんだ。